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vol.5 新聞で見る讃岐うどん

新聞で見る/昭和32年の讃岐うどん

(取材・文: 記事発掘:萬谷純哉、コメント:田尾和俊)

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  • vol: 5
  • 2017.02.06
日本の「高度経済成長期」は、一般的に昭和30年(1955)~48年(1973)あたりだとされています。従って、昭和32年は、高度成長期が始まって間もない頃です。そこで、「四国新聞に載った讃岐うどんの記事サルベージ隊」の萬谷隊長が県立図書館で目を皿のようにしてマイクロフィルムをチェックしたところ、コラム等では時々讃岐うどんの話題に触れられ、うどん関連の職安の求人広告もたくさん出てくるのですが、讃岐うどん関連のニュース記事がほとんど出てこない。さて、この状況をどう読みますか…とりあえず、発掘された記事を見てみましょう。

<昭和32年の讃岐うどん関連記事>

2月13日

●ここにも定通生の悩み
法律に伴わぬ”給食施設”

 仂きつつ夜間定時制高校に学ぶ生徒は県下で約四千三百名いるが、このほど県高等学校定通部会で定通教育の現状を調査したところ、約二千百名が学校給食を強く希望していることが分つた。昨年、国会を通過した夜間学校給食に関する法律によって新年度から給食に対して補助が出ることになり生徒たちに大きな福音となつたもののどこの学校でも予算難のため給食施設にまで手が届かないのが実状で苦学する生徒たちの表情は相変らず暗い。県下で定時制をもつ学校が二十四校、分校を合わすと五十二校あるが、給食施設はわずか十二校にすぎず十坪以上の給食施設をもつている学校は四校しかない。

 勤務を終り始業時間に遅れまいと夕食もとらずにすぐ登校する人たちがほとんどで、空腹を抱えてひたすら勉強に励む生徒たちにとつて凍りつくような冬の寒さは一しお身にしみるものがあり、不規則な食生活は健康によいはずはなく、同時に行つた生徒の健康調査でも全日制生徒に比べると体格がかなり貧弱である。

と調査をまとめた高瀬高校浪越主事は語つている。給食希望者の希望内容を見るとうどんが圧倒的に多く価格は二十円が七百三十六名、十五円が六百七名、十円が七百四十五名となつている。

→うどん関連記事といっても「定時制高校の学生の多くが給食にうどんを希望している」という話です(笑)。「給食希望者の希望内容を見るとうどんが圧倒的に多く」とありますが、他の選択肢は何だったんだろう。カレーや中華そばや寿司なんかを押さえて「うどん」だったのか、あるいは「にぎりめし」とか「麦飯、汁、漬物」とかの中の「うどん」だったのか。前者なら「うどん、すごい!」となるけど、後者なら「そらそうやろ」ですよね(笑)。

2月15日

●平井保健所の食品衛生展

 平井保健所では次の日程で食品衛生展、優良不良食品の見分け方、ホツトドツク、うどん焼きなどの料理講習会を行う。
【十五日】午前氷上小学校、午後田中小学校【十六日】午前山田町川島【十八日】午前田中小学校、午後造田駅前【十九日】午前東植田小学校、午後西植田小学校

→「うどん焼き」が料理講習会のプログラムになった時代のようです。

3月19日

●久万玉村で製めん所全焼

 十八日午前三時ごろ、香川県綾歌郡久万玉村、製めん業、久保田俊春さん(三一)方工場から出火、木造ワラぶき二階建八十坪の同工場を全焼、工場内の製めん機十七台、モーター一台、オート三輪車、原料、製品などを焼いて同四時半ごろ鎮火した。損害約八百七十万円。原因について綾南署、県警本部で調べた結果、前夜おそくまで仕事をしているところから製めん用四十馬力モーターの軸受けが摩擦により発火したものと分った。

→製麺屋さんの火事のニュースですが、「昭和32年に、綾歌郡に、製麺機17台を擁する、80坪の木造藁葺き2階建ての製麺工場があった」ということがわかります。80坪は、大体16~17m四方の広さです。

3月27日

●三輪とバイク衝突

 二十四日午後二時ごろ香川県小豆郡内海町安田の県道交差点を西進していた同町、製メン業、上原啓介さん(二九)の運転するオート三輪と北進する同町、酒業、渡辺武男さん(五二)のモータバイクが衝突、渡辺さんは右親指骨折、全治二十日間の傷を負った。原因は双方が徐行しなかったため。

→今度は事故。「昭和32年に、製麺屋さんはオート三輪で仕事をしていた」ことがわかる、ということで。

4月15日

●手打うどんの試食会
香川など五県 東京で食料品即賣会

 香川、広島、岡山、山口、愛媛五県協賛の「瀬戸内食料品即売会」が十六日から二十八日まで東京新宿の三越地下売場で開かれる。これは瀬戸内海に臨む各県の特産食料品を東京市場にも広く紹介、販路を開拓しようというもの。このため香川県からはこれまであまり都民に親しまれていない魚せんべい、ワカサギのふりかけ、タイだんご(玉むらさき)などを出品するが、とくに手打うどんのつくり方を披露し、試食会を催する。

4月25日

●”郷土の味”に舌つづみ
東京の瀬戸内食料品賣会 平井郵政相、顔みせる

 平井郵政大臣は二十四日午後、折から東京新宿の三越地下売場で開かれている香川、広島、岡山、山口、愛媛五県共催の「瀬戸内食料品即売会」にひょっこり顔を見せた。

 この即売会は、瀬戸内海にのぞむ各県の特産食料品を東京市場に広く紹介し販路を開くため、さる十六日から開かれているもので、平井大臣も郷土の食料品の東京進出はなかなか結構というわけで、忙しい時間をさいて訪れたもの。香川県特産の魚せんべいやワカサギのふりかけ、タイだんごなどの即売場を見たあと手打ちうどんの実演場では試食、久し振りに郷土の味に舌つづみを打ち、自らも宣伝を買って出るなどなかなかの愛敬を見せていた。

→東京で香川県のPRの目玉として、「手打ちうどんの作り方」と試食会が催されたようです。平井郵政大臣は、香川県選出の平井太郎さんです。

5月17日

●荷台のうどん盗まる

 高松市花宮町、うどん製造業、川西忠五郎さん(五五)は十五日午後十字ごろ同市兵庫町、星喫茶店東側の路上で自転車を止めて話し込んでいるうちに荷台に積んであったもろぶた四枚に入れたそば玉八〇個(約一千円相当)が盗まれたと高松署に届けた。

→新聞に載るような事件か(笑)。載るような事件だったんでしょうね、当時は。兵庫町に「星」という喫茶店があった、もろぶた1枚はそば玉20個入りだった、そばは1玉12円ぐらいだった、うどん製造業者はそばも作っていた…等々、情報満載のニュースです。

5月18日

●精米工場は閉鎖 七ヵ年計画 再建策決める

 精麦事業の経営不振から行き詰り状態にあった善通寺農協=市内生野町=ではこのほど打開策についての総会を開き、七ヵ年計画による再建策を決めた。これは一千五百五十余万円に上る実質赤字を一千三百人の組合員による出資金、貯金などを基礎に事業収益を上げ、七年間で赤字を完全に解消しようとするもので、このほか機構改革による経費の節減に努め、今後は精米工場を閉鎖、信用、販売、購買、倉庫の農協本来の事業のみに力を注ぎ、全組織を通じ再建に乗り出すことになった。また組織を強化する点から従来の理事十一名を二倍の二十二名に増員するよう定款の変更を行い、ちかく臨時総会を開いて選任することになっている。

→冒頭の一節から、善通寺農協の精麦事業はこの頃、農協全体を行き詰まり状態に追い込むほどの経営不振だったようです。昭和32年と言えば、まだ香川県産小麦がうどん用を中心に全盛だった時期だと思いますが、何があったのでしょうか…30年前後の新聞記事発掘をお待ちください。

5月23日

●製めん最盛期に入る 來月には全国へ出荷

 古くから夏の主食代用に都会でも田舎でも愛用された乾麺類の製造は、もう最盛期に入った。現在では昔からあるいわゆるソウメンの需要よりは、冷麦(ひやむぎ)と呼ばれるめん類の需要が多い。ソウメンよりはやゝ太く、干ウドンよりは細くピンクや淡青など色とりどりの見るからに涼味をそゝるこの美しい冷麦が、現代人の好みに適しているためであろう。

 全国的に精麦の生産量を誇る坂出は、乾めん類の製造も盛んで雨の時でも生産を続けられる県下唯一の室内移行乾燥装置をもつ工場もあり、目下業者は出荷期を前にして製造に大わらわである。来月に入ると四国はもとより阪神、北陸、九州から遠く北海道まで出荷される。値段は昨年と大差なく十八キロ入、一箱千百円前後となる見通しである。五月の日差しを一ぱいに受けて真白いスダレのような乾めん類が干されている風景は、いかにも初夏を呼ぶ風物詩である。

→この頃、乾麺はそうめんから冷麦へと人気が移ってきたようです。しかも、冷麦はピンクや青の色付きがあったみたい。ちなみに現在、製粉会社のメッカは坂出ですが、昭和32年にはすでに「全国的に精麦の生産量を誇る坂出」だったようです。

6月7日

●製メンなど43工場 実績減り保税許可取消す

 坂出税関支所では製メン工場四十、手袋工場二、製粉工場一、合計四十三工場に対し保税工場の許可を今月中に取消すことになった。現在保税工場は同支所管内に五十一工場あるが、この取消によりカン詰工場三、手袋、飼料、貝ボタン、製メン、スフ紡績工場各一、計八工場となる。

 今回保税工場の許可を取り消されることになった四十三工場は過去二年間ほとんど実績がなかったためで、実績が激減した理由は次のようなものである。
【製メン工場の場合】一昨年までは毎月平均八千箱のソウメンが沖縄方面に輸出されていたが、沖縄ではソウメンが主食になっておりこれを輸入に依存してばかりおられぬと一昨年から製メン機械を輸入して沖縄でソウメンの製造が開始されたこと。さらに一〇%の輸入税を課すことになったため、輸出が皆無状態になってしまったもの。
【手袋工場の場合】主としてアメリカに輸出されていたが、フランス、イタリアなどで高級手袋の製造が始められ、アメリカ市場に多く出回ったので、これに押されて大衆向けの、日本製手袋の需要が次第に減少したもの。
【製粉工場の場合】県下にあった四十一工場のうち四十工場が前記理由で輸出が皆無となり、これに粉を回していた製粉工場も関連してその必要がなくなったもの。

→「保税工場」というのは、輸入手続き等がまだ終わっていない(関税を払っていない)外国貨物を保管したり仕分けしたりできる工場のことで、要するに「タイミングを見て輸入手続きができる」というメリットがあるわけですが、商売が小さくなってしまったので大量に取り消されたという話です。沖縄はまだ返還前なので「外国への輸出」ということになっているわけですが、昭和20年代は香川から沖縄へ大量にそうめんが輸出されていたようですね。それにしても、沖縄って沖縄そばよりそうめんを食べる文化だったんでしょうか。

 というわけで、昭和32年のうどんに関連するニュースは以後12月まで全く見つかりませんでした。では続いて、讃岐うどん関連のコラムが2本見つかったのでご覧ください。

<昭和32年の讃岐うどん関連コラム>

1月14日

●読者投稿「こだま」への投書より

◇うどんは代用食だといわれた時代はもう昔のこと、今では完全な主食になつております。私たち社会人のうちで嫌いな人は別として一週間もうどんを口にしない者はそう多くはないだろうと思う。そしてうどんは私たち貧乏人の常食といっても決して過言ではない。その証拠に最近、どこへ行つても飲食店とくに軽飲食店といわれる「うどん屋」のふえたことでもよくわかります。

◇しかしこのうどん屋でうどんを食べているとき、うどんに時々、カミの毛、ハエなどをはじめひどい時には輪ゴムなどの汚物が混入されているときがあり、不快な感じを抱かされる場合がしばしばあります。これはうどん屋の不注意により混入されるときもあり、またうどん製造の際に混入されるときもあるとは思いますが私たちが口にしていて、この汚物を見ると全く食い気がなくなります。

◇こんなことは食品衛生上からもよくないことはわかつているのですから、小売店、製造業者もともに十分気をつけて頂きたい。また保健所もその取締を厳重にしてもらいたい。(高松・M生)

→今なら炎上もののうどん屋事情ですが、まあ昔は割と平気でそういうのがあったことは確かでしょうね。ちなみに、昭和32年に高松で「軽飲食店」といわれるうどん屋が増えてきたそうです。うどん専門店ではなく、今で言う「街中の食堂風のうどん店」だと思われます。

9月10日

●夏休みの反省⑥

犯罪防止 めだつ桃色遊戯 親のひいき目は捨てよ

 学校から開放された夏休みにはいろいろな青少年の犯罪が発生する。盆おどり、花火大会、海水浴場、キャンプと青少年のまわりには常に誘惑が待っている。この夏休みにも青少年の犯罪はあったが、大てい社会人で学校生徒の関係した事件は少なかった。しかし、たとえば、某高校運動部生徒四人は練習帰りに毎日、ウドン屋に寄っているうち、その家を根城に桃色遊戯にふけるようになった。このため、金に困り悪に入る一歩手前だったが警察に補導された。また高松市福岡町のO家に下宿していた無職Y男(一八)は自室へ女三人男二人を入れ、毎日たわむれていたのを高松署員がみつけ補導したが、みんな家出した未成年者ばかりだった。

 同署防犯係は夏休み中、市教委、学校と連絡夜の街をパトロールしたが、私服警官に向って”何、サツか?好きな者同士一緒にいて悪いか?”と食ってかかる者もいたという。県下で補導された青少年は八月中に廿人ばかりあったが不純交際がほとんど、検挙したものには凶悪な者が多く、窃盗、恐カツが大半。一方幼児に対するイタズラもこの夏は増えた。丸亀市の某は小学六年のH子ちゃんをだましイタズラしようとしたが、母親にみつけられて未遂に終っている。親たちも子供に”下腹部は人間で大事なところでおなかを出したり、みせたりするものではない”と教えるべきで頭から”こわい人がいるから”では恐怖心をいだかせるだけマイナスである。おとなたちも子供たちの前で不用意な言葉は慎むべきだと県警防犯課でも語っている。

 市内のほとんどの高校は個人の映画鑑賞を禁じている。しかし映画館で補導された者も多い。また制服でたばこを持っている者が多く、補導された生徒の中には職業補導所の生徒もいた。小学生の中にはマン画、映画のまねをする子供も多く、これらの刺激も相当強いことがわかる。高商の場合、女子生徒にはソデ無しシャツを禁止していたが、やはり相当短いソデがいた。高校生がサンダルをはき、アロハを着るようになったらもう不良化ははじまっている。こんな格好の者は必ずたばこを吸っている。とにかく親は”うちの息子だけは心配ない”とよくいうが、自分の子供の性質、友人関係、持物を知っておかなければならない。

→「高校運動部生徒四人が練習帰りに毎日ウドン屋に寄っているうち、その家を根城に桃色遊戯にふけるようになった」とのことです(笑)。ま、うどんに関連するのはそこだけですが、昔から「桃色遊戯」(笑)をする不良はどこにでもいたということです。「サンダルを履いてアロハを着るようになったら、もう不良化は始まっている」ぞ(笑)。

<昭和32年の讃岐うどん関連広告>

1月1日

年賀広告

宇高連絡船内売店 高松駅構内立売
●高松駅弁株式会社
取締役社長 吉武輝二
高松市西ノ丸町

寿し・麺類・丼物
●四五銭亭
高松市県庁前

1月11日

うすめるだけで素晴らしく良い味の出る 即席だしの素
●味萬(アジマン)
調味料の前進
日本で初めて完成されただしの素
「味萬」ビタミン・葡萄糖入
◎醤油・かつを・味の素不要
[特約店募集]
味萬食品株式会社
高松市東瓦町48

2月13日

●味の素(あぢのもと)
寒さを吹きとばす肉うどん
寒い時にはおいしい肉うどんでカラダをほかほかあたためて下さい。豚肉は薄切りにして味の素で調理したかけ汁に加えて煮込み、九分通り煮えたころ、ねぎの斜切りとゆでうどんを加えます。一煮立ちしたらどんぶりに盛り、お好みの薬味をあしらって熱いところを召し上がって下さい。
材料(五人分)
うどん 五玉
豚肉 約五十匁
長ねぎ 中三本
水 約五合
しょう油 大さじ約五杯
砂糖 大さじ約一杯半
塩 小さじ約二杯
味の素 小さじ約半分

5月1日

●味の素(あぢのもと)
台所に1缶 食卓に1瓶
味の素をお備えになれば、日々の食事が楽しくおいしく召し上がれます

7月4日

第30回全國安全週間・協賛広告

昭和三十二年度勞基局長進歩賞
製粉製麺
●日讃製粉株式会社
香川県多度津町

7月13日

食生活改善展示会出品 優良商品案内

おいしい食事でいつも元気 
●味の素

お麦の嫌いな方に 専売特許 光麦  
夏の栄養に四国物産のハムソーセージ  
●四国物産株式会社 
本社観音寺市栄町

美と健康は粉食から
●日清製粉株式会社坂出工場 
坂出市東浜417番地ノ1

最古の歴史と最新の技術を誇る 日粉の家庭用小麦粉 
ハート印 宝船印 をご愛用下さい 
●日本製粉株式会社神戸工場

夏の料理に旭化成の化学調味料 旭味 
●旭化成株式会社

8月23日

●小松屋製麺所
男子製麺業 従業員募集
年齢18~25経験不問優遇す住込可(要保)写真と歴送れ採用者旅費支給
大阪西成区千本通四丁目3

●二八そば
男女そば店員
数名急募中卒16~25才迄高級優遇要保証人歴送れ後日通知す
東京都文京区カゴ町十七

→昭和32年の「うどん店」の広告は、うどんを出すレストラン「四五銭亭」の一軒だけでした。1月14日の読者投稿の中に「うどん店が増えてきた」とありましたが、広告を出せるようなうどん店はほとんどなかったようです。あとは製粉会社と味の素が目立つくらい。大阪の製麺会社と東京のそば屋が四国新聞に求人広告を出していましたが、「香川ならうどん・そばに食いつく人がいるんじゃないか?」とか思ったんでしょうか(笑)。

記事発掘:萬谷純哉、コメント:田尾和俊

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