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昭和30年代の投稿一覧
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:226 旧綾南町・昭和12年生まれの男性の証言 2017.08.24
昭和33年まで「奥村車」という水車をやっていた 水車で小麦を製粉して「替え粉」に 私のとこは「奥村車」いう水車をやってたんですよ。記録では、水車は滝宮に6カ所あったと。綾川の昔の橋の下に「上車」いうんと、今の新しい11号線の橋の下に「中車」いうんがあって、これが古かったんですな。それで …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:226 旧綾南町・昭和12年生まれの男性の証言 2017.08.24
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:218 丸亀市綾歌町・昭和14年生まれの男性の証言 2017.07.20
機械で製粉した小麦粉よりも、水車小屋で挽いた小麦粉の方が美味しかった 当時の製麺所は水車小屋から小麦粉を調達していた 昔の綾歌に、うどんが食べられる店はありましたか? 旧の綾上町に住んどったけど、うどんを食べられる飲食店なんて全くなかった。あったんは、うどんの玉を販売していた製麺所。うどんだけやのうて、そば …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:218 丸亀市綾歌町・昭和14年生まれの男性の証言 2017.07.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:217 高松市男木町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.07.17
寺のうどんは檀家さんからのお布施の小麦粉で 高松からフェリーでうどん玉の入ったせいろが運ばれていた 子どもの時の記憶なのでどこまで正確にお話できるかわかりませんが、昭和20〜30年頃の男木島には、うどんを食べさせてくれる店はなかったはずです。 もちろん、島にうどんがなかったわけで …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:217 高松市男木町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.07.17
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:213 高松市牟礼町牟礼・昭和13年生まれの男性の証言 2017.07.03
人力で動かすうどん製造機があった うどんは行事があるときしか食べられなかった 生まれは牟礼町の牟礼。牟礼には大字が「牟礼」と「大町」と「原」の3つあるんですよ。昭和37年に町政改革で牟礼町になって今は高松市と合併してますけど、当時はまだ牟禮村で、木田郡の中では一番大きな人 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:213 高松市牟礼町牟礼・昭和13年生まれの男性の証言 2017.07.03
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:211 高松市宮脇町・昭和29年生まれの女性の証言 2017.06.19
うどんを食べられる食堂が、石清尾八幡宮へ向かう通りに林立 夏には冷やしうどんも 最も古いうどんの記憶は? 祖母の家で食べた一杯です。子どもだった昭和30年代、祖母の家が紺屋町にあり、遊びに行くといつもうどんをご馳走してくれたことを憶えています。麺は製麺所で買っていたもので、当時の日銀高松支店、今 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:211 高松市宮脇町・昭和29年生まれの女性の証言 2017.06.19