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昭和20年代の投稿一覧
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:280 綾歌郡綾川町滝宮・昭和17年生まれの男性の証言 2018.08.30
セイロに20玉は「青海波盛り」、24玉は「にーよん盛り」(綾川町うどん研究会副会長 村山潔さんのお話… 製造販売も仕入れ販売もやっていた「田井」のうどん屋 綾川町の昭和のうどん店の様子についてお伺いできたらと思います。 戦後の昭和20年代、ここら辺で「うどん屋」というのは、うどん玉を作って売る製麺所や、玉を仕入れて売る小売店がほとんどでした …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:280 綾歌郡綾川町滝宮・昭和17年生まれの男性の証言 2018.08.30
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:277 高松市国分寺町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.08.20
父の「一日うどん屋」に見た“おもてなし”の心(香川県食農アドバイザー・農学博士・管理栄養士・元明善短… 学生から名家の奥様まで集っていた「天勝」 昭和25年頃、明善(現英明高校)の女学生だった私は、友達のみっちゃんと学校の通り道の高松駅近くにあった「天勝」でよくうどんを食べていました。当時の天勝のうどんは、今のファストフード的な出し方ではな …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:277 高松市国分寺町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.08.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
中讃のうどんのルーツは「小縣家」、チェーン店の走りは「四國屋」 農作業の後で打ち込みうどん 子供の頃(昭和20年代)の記憶やけど、うちは農家だったから、平日は暗くなるまで農作業して、ほんで帰ってきてからご飯せないかんやん。うちはじいさんとかばあさんとかがおらんかったけん、ご飯は朝しか炊かんのやけど、晩 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:271 坂出市青梅町・昭和11年生まれの女性の証言 2018.02.19
山寺の自給自足のうどん 山の中のお寺で自給自足の生活をしていた 坂出の山の中の一軒家に、昭和11年に生まれました。実家はお寺だけど、うちは山の上だから檀家がないの。だから自給自足して生活を守らないかん。父が山の麓に行って稲の余ったのをもろうて来て、水田をして。さ …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:271 坂出市青梅町・昭和11年生まれの女性の証言 2018.02.19
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:269 高松市東植田町・昭和15年生まれの女性の証言 2018.01.29
祭りや法事の際に親戚へ渡すお土産は、お重に入れたうどん玉 うどん玉の入ったお重が、親戚の間で行ったり来たり うどんといえば、嫁入りする時に持たされた「お重」を想い出します。お祭りや法事がある時には必ずうどんを作り、集まった親戚にご馳走しましたが、お土産としてもうどん玉を用意しました。その際、嫁入 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:269 高松市東植田町・昭和15年生まれの女性の証言 2018.01.29
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:268 高松市東植田町・昭和17年生まれの女性の証言 2018.01.25
豊作を祈願する「地鎮さん」の時に、集落のみんなでうどんを食べた 御当屋の家で、うどんを食べながら集落の話し合い 家は農家。周りもみんな農家で、集落の色んなことを話し合って決める集まりがしょっちゅうあってな。「御当屋(おとや)」と呼ばれる世話人の家でするんやけど、そんな時は必ず、うどんを作って食べた。し …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:268 高松市東植田町・昭和17年生まれの女性の証言 2018.01.25
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:266 高松市藤塚町・昭和20年生まれの女性の証言 2018.01.18
祭りの日に祖母の家で、色粉の天ぷらと一緒にうどんを食べた 昭和20~30年代の田町商店街にうどん屋はなかった!? 田町の商店街にほど近い場所に住んでいました。物心が付いた頃、商店街にはすでにアーケードが掛けられていましたが、うどん屋の記憶はありません。金物屋は何軒もありましたが…。以後、昭和30 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:266 高松市藤塚町・昭和20年生まれの女性の証言 2018.01.18
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:265 観音寺市幸町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.01.15
昭和20~30年代の観音寺の様子がいきいきと お母さんがもろぶたでうどんを伸ばしていた 生まれは観音寺の幸町の一心寺の前。うどんは母がずーっと打っちょりました。農家やきん、雨が降ったりして田んぼ行けん時に。一年中いつでも打って、ご飯の代わりにしよったな。 生地をゴザに敷いてな。カカ …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:265 観音寺市幸町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.01.15
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
アズマヤのうどんは喫茶を始めた時からあった(藤本デザイン研究室・藤本誠さんのお話) うどん作りは自然に覚えるものだった ウチの家は高松の栗林。旧市内や(「旧市内」は大正10年11月1日に高松市が香川郡栗林村を編入した時点での市域。要するに高松市の中心市域です)。元は栗林の集会場の所にあった「ひかり製紙」という製紙工場や。 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:256 旧三豊郡豊中町・昭和12年生まれの女性の証言 2017.12.14
余った法事のうどんを坊さんが持って帰っていた 農協で交換した小麦粉で打ち込みうどん 生まれは豊中町(旧三豊郡豊中町・現在は三豊市に合併)の農家で、観音寺市にお嫁に来たとこも農家やった。 昔は家でおうどん打っちょったね。うちは母親が練って丸めてな。うまいことこうやって、伸ばっしょった …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:256 旧三豊郡豊中町・昭和12年生まれの女性の証言 2017.12.14