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昭和40年代の投稿一覧
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:290 坂出市旧内浜町(現八幡町)・昭和25年生まれの女性の証言 2019.03.14
坂出市旧内浜町周辺のうどんの思い出 玉売りの「荒井」と乾麺の「おおぎた」、年越しそばは「池田屋」で 生まれたのは坂出旧市内の内浜(うちはま)。9歳まで住んどったけど、昭和41年に町名改正して、もう町名すら残ってないわ。内浜は今、八幡町になるんかな? 埋め立てしたり団地ができ …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:290 坂出市旧内浜町(現八幡町)・昭和25年生まれの女性の証言 2019.03.14
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:289 高松市田町・昭和34年生まれの男性の証言 2019.03.11
キャンペーンに来た森進一がうどん屋に逃げ込んだのを見た(笑)(二勝寿司 岡本信二さんのお話) 昭和40年代の田町の食堂 僕は昭和34年に三本松で生まれて、4歳の時(昭和38年)に親が今の場所(高松市田町)で寿司屋を始めたのでこっちに移って来ました。当時はお店が猛烈に忙しくて、一日に何回もお寿司のご飯を炊かないかんくらいだったので、 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:289 高松市田町・昭和34年生まれの男性の証言 2019.03.11
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:285 三豊郡大野原町(現観音寺市大野原町)・昭和32年生まれの男性の証言 2018.12.20
権平うどんのたらいに入った釜揚げが最高だった 実家のスーパーで生うどんを売ってた 昭和39年頃、家が大野原町の役場のあるあたりでスーパーの走りみたいな小さい店を始めたんですけど、うどん関連の商品では、「大西」さんという製麺所だったかうどん屋だったかからうどん玉を仕入れて売っていました …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:285 三豊郡大野原町(現観音寺市大野原町)・昭和32年生まれの男性の証言 2018.12.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:281 観音寺市観音寺町・昭和31年生まれの男性の証言 2018.09.20
昭和の観音寺のうどんの記憶(器屋茶房がらん堂 真鍋泰明さんのお話) 大野原の萩原のおばあちゃんが打ってた細麺のうどんがおいしかった 子供の頃(昭和40年前後)、近くにあったのは「ふみよ」っていううどん屋さん。うどん屋といっても、麺は確か「柳川」から仕入れてたと思うんだけど。うちにお客さんが来たら親に「ちょ …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:281 観音寺市観音寺町・昭和31年生まれの男性の証言 2018.09.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:279 高松市丸亀町・昭和31年生まれの男性の証言 2018.08.27
高松の中心街のうどんの記憶(「街角に音楽を@香川」代表理事 鹿庭弘百さんのお話) 甘めのダシの「源芳」 子どもの頃のうどんの思い出をお伺いできますか? うちはね、丸亀町3丁目で「鹿庭カバン」っていう商売やってたの。何人か住み込みの人がいたり、店員さんがいてね。昼になると、お手伝いさんがうどん屋から玉を買ってきてみんなに …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:279 高松市丸亀町・昭和31年生まれの男性の証言 2018.08.27
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:277 高松市国分寺町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.08.20
父の「一日うどん屋」に見た“おもてなし”の心(香川県食農アドバイザー・農学博士・管理栄養士・元明善短… 学生から名家の奥様まで集っていた「天勝」 昭和25年頃、明善(現英明高校)の女学生だった私は、友達のみっちゃんと学校の通り道の高松駅近くにあった「天勝」でよくうどんを食べていました。当時の天勝のうどんは、今のファストフード的な出し方ではな …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:277 高松市国分寺町・昭和12年生まれの女性の証言 2018.08.20
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:274 坂出市文京町・昭和36年生まれの男性の証言 2018.07.16
小僧寿しの工場がうどん屋になった(「おいしこく株式会社」代表取締役・松井隆さんのお話) <小学校のバザーで舌が肥えた(笑)> “幻のトウガラシ”「香川本鷹」をはじめ讃岐の名産を数多く取り扱う「おいしこく株式会社」の松井社長は、同社を起業する前には製麺会社にお勤めだったということもあって、讃岐うどんには人一倍の思い入れがあるは …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:274 坂出市文京町・昭和36年生まれの男性の証言 2018.07.16
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:273 高知県大豊町・昭和6年生まれの女性の証言 2018.04.30
岩田うどんから仕入れたうどん玉を食堂で出していた 高知から出てきて観音寺で食堂を始めた 出身は高知の山ん中の豊永(現大豊町。昔、大豊町周辺は豊永郷と呼ばれていた)。雨がよう降るところです。高知の山の中でも、田んぼのあるところは田植えが済んだら「さあ五目(寿司)する」言うて、寿司を作って、 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:273 高知県大豊町・昭和6年生まれの女性の証言 2018.04.30
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
中讃のうどんのルーツは「小縣家」、チェーン店の走りは「四國屋」 農作業の後で打ち込みうどん 子供の頃(昭和20年代)の記憶やけど、うちは農家だったから、平日は暗くなるまで農作業して、ほんで帰ってきてからご飯せないかんやん。うちはじいさんとかばあさんとかがおらんかったけん、ご飯は朝しか炊かんのやけど、晩 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:263 観音寺市植田町・昭和22年生まれの女性の証言 2018.01.08
母親のうどんは、山梨と香川のハイブリッドだった 家のうどんは“ほうとう”だった 生まれは観音寺の植田町。家は瓦屋やったん。おうどんは母親がしよった。踏んでたよ、アタシも。でもね、アタシんとこは母が山梨なん。だから、おうどんは“ほうとう”ばっかりやった。「今日はあのおうどんしよう」言うた …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:263 観音寺市植田町・昭和22年生まれの女性の証言 2018.01.08