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製麺所の投稿一覧
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:278 綾歌郡綾川町滝宮・昭和24年生まれの男性の証言 2018.08.23
安藤うどんは2本多い(笑) 小学校の校長時代に子供が自分だけで弁当を作る「弁当の日」を考案、実施するなど長年香川県の教育現場で活躍され、現在は全国で「食育」に関する講演活動をされている竹下和男先生に、「昭和のうどん」についてお話をお伺いしました。 郷土料理は「食育」 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:278 綾歌郡綾川町滝宮・昭和24年生まれの男性の証言 2018.08.23
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:274 坂出市文京町・昭和36年生まれの男性の証言 2018.07.16
小僧寿しの工場がうどん屋になった(「おいしこく株式会社」代表取締役・松井隆さんのお話) <小学校のバザーで舌が肥えた(笑)> “幻のトウガラシ”「香川本鷹」をはじめ讃岐の名産を数多く取り扱う「おいしこく株式会社」の松井社長は、同社を起業する前には製麺会社にお勤めだったということもあって、讃岐うどんには人一倍の思い入れがあるは …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:274 坂出市文京町・昭和36年生まれの男性の証言 2018.07.16
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
中讃のうどんのルーツは「小縣家」、チェーン店の走りは「四國屋」 農作業の後で打ち込みうどん 子供の頃(昭和20年代)の記憶やけど、うちは農家だったから、平日は暗くなるまで農作業して、ほんで帰ってきてからご飯せないかんやん。うちはじいさんとかばあさんとかがおらんかったけん、ご飯は朝しか炊かんのやけど、晩 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:272 丸亀市飯山町・昭和21年生まれの男性の証言 2018.04.26
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:267 丸亀市魚屋町・昭和30年生まれの男性の証言 2018.01.22
丸亀の味は先々代あたりで決まっていた(有限会社原田商店・原田純さんのお話) 昔の商家でそのまま乾物屋 --原田商店さんは乾物屋さんですが、実は「丸亀市内に乾物屋さんが数軒あって、その乾物屋ごとの味をうどん屋さんに教えていって今の丸亀のうどんの味ができた」という話を聞いたんですが。 ほうな。それは知らん(笑)。けど …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:267 丸亀市魚屋町・昭和30年生まれの男性の証言 2018.01.22
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
アズマヤのうどんは喫茶を始めた時からあった(藤本デザイン研究室・藤本誠さんのお話) うどん作りは自然に覚えるものだった ウチの家は高松の栗林。旧市内や(「旧市内」は大正10年11月1日に高松市が香川郡栗林村を編入した時点での市域。要するに高松市の中心市域です)。元は栗林の集会場の所にあった「ひかり製紙」という製紙工場や。 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:261 高松市栗林町・昭和13年生まれの男性の証言 2018.01.01
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:258 仲多度郡琴平町・昭和21年生まれの男性の証言 2017.12.21
うどんが具に入ったすき焼きを食べていた 家で食べていたのは「かけうどん」と「うどんすき」 生まれは琴平の街中。実家は金比羅さんの門前の方で土産物屋をしてました。うどんは家でしよったねえ。打っちょったのは爺ちゃん。道具も家にありました。 食べ方は今でいう「かけうどんや」な。イリ …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:258 仲多度郡琴平町・昭和21年生まれの男性の証言 2017.12.21
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:257 さぬき市志度・昭和26年生まれの男性の証言 2017.12.18
志度のうどんの思い出 インドの旅で再確認した「讃岐うどん魂」(笑) 平成29年10月12日から19日まで、真言宗善通寺派総本山善通寺主催の「インド・ネパール仏跡巡りの旅」が催行されました。善通寺派の権大僧正を団長に、多くの真言宗関係者とともに私も参加しました。 …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:257 さぬき市志度・昭和26年生まれの男性の証言 2017.12.18
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:253 高松市三谷町・昭和18年生まれの男性の証言 2017.12.04
うどんやパンはもちろん、酒やタバコまで小麦と交換できた お金がなくても小麦があれば生活できた時代 昔の三谷(高松市)には、うどん屋なんてなかったなぁ。でも、製麺所はあった。小麦を持って行ったら、うどん玉に換えてくれた。店には醤油が置いてあって、それを掛けて店で食べることもできとったよ。今の店の …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:253 高松市三谷町・昭和18年生まれの男性の証言 2017.12.04
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:251 高松市三谷町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.11.27
近所の連中が集まってうどんを作るのは、当時の最大の娯楽 小麦は売っても安いため、うどんにして食べた 打ち込みうどんは昔、よう食べた。自分とこだけじゃのうて、三谷(高松市)の人間ならみんな食べとったやろ。 当時、三谷に住んどった人間は農家ばっかり。山の斜面にも田んぼや畑があったほど、農業が盛ん …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:251 高松市三谷町・昭和15年生まれの男性の証言 2017.11.27
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:245 高松市三谷町・昭和23年生まれの女性の証言 2017.11.06
30kg分の小麦を製麺所へ預けていた 法事のお膳で出ていたうどん鉢は高さが低く、それ専用の器だった 打ち込みうどんは小さい頃によく食べました。作ってくれたのは祖父です。「釜屋」と呼んでいた台所の床は漆黒色をした木の板の間でしたが、作る時はその上に茶色の台を置き、そこでうどんを …
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- さぬきうどん 昭和の証言 / vol:245 高松市三谷町・昭和23年生まれの女性の証言 2017.11.06