香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

三豊市高瀬町・昭和23年生まれの男性の証言

巌流島から帰ったうどん屋のおじいさん

(取材・文:

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  • vol: 74
  • 2015.07.16

巌流島から帰ったうどん屋のおじいさん

 高瀬町勝間の下土井というところに「おつぼのおっつぁん」というお宮はんがある。正式には、坪ノ内神社と言うんやけど。子どものころは境内で燈籠をよけながらソフトボールをしよったんやけど、今みたらすごく小さい。昔と同じ敷地のはずやけど、自分が大きくなったけん小さく思えるんかな。昔登っりょった松の木は1本もなくなっとる。

 このお宮はんの下に、「浦島屋」といううどん屋があった。お宮はんに沿って細いイデ(用水路)があり、こんまい(小さい)木の橋が架かっていた。店の人が架けたんかもしれん。僕の同級生の藤川さんという人のおじいさんに当たる店主と奥さんが切り盛りしていた。店主は、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島へ釣りに行ったことがあるということで、子どもたちの尊敬を集めていた。

 ここはうどんと中華そばくらいしかなかったように覚えている。食べるテーブルが2つあった。それと台所だけの小さい店やった。

浦島屋の真ん前に僕の家の田んぼがあった。たまに手伝いをすると、父親が「浦島屋のうどん取るか」と言ってくれ、僕は一目散に注文に行っていた。20メートルくらいの距離やったけど。これがうまいんや。うどんより高い中華そばを取ってくれた時はびっくりするほどうまかったのを覚えている。

ここは昭和38年に統合が完了して間もない高瀬中学校からも近く、麻の方へ帰る生徒たちが立ち寄ることもあった。食い盛りの中学生にはたまらない寄り道だったはずだ。浦島屋がいつまで営業しよったかはわからんけど、近くの長老がおったら聞いてみたい。今も、建物は残っとるで。

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