香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

多度津町東浜・昭和25年生まれの男性の証言

近所の製麺所が「うどん払い」で自転車を購入していた

(取材・文:

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  • vol: 173
  • 2017.01.19

自転車とうどんの物々交換?!

 家は多度津の東浜の自転車屋で、小さな町だから名前だけはよく知られていました。子供の頃はそれからそこらに、うどん屋があったですよね。家のすぐそばにも、小さな製麺屋がありました。そこへ僕が、自転車で玉を買いに行くんですよ。店で「うどん5玉」とか言ったら、ご主人が帳面に5玉って書くだけでお金は払いませんでした。実はそのうどん屋さんがうちで自転車買ってくれてて、代金をうどん代でずーっと引いていってたんですよ。だから月賦払いじゃなくてうどん払い(笑)。結局、うどんで自転車代が払い切れたのかどうかは分かりませんが。

 あと、僕の家からちょっと港の方に来たところに果物屋さんと散髪屋さんがあったんですが、その「かいたの散髪屋」の向かい側にうどんが食べられる食堂がありました。それと覚えてるのは、桃陵公園の登り口にあった製麺所の「福田」。僕の友だちの家だったんですよ。でも、今のような有名でよく知られてるようなうどん屋はなかったですね。だから、「近所の製麺所で玉を買ってきて自分ところで食べる」というのが多かった。あったかいうどん玉に醤油かけて。

 店に行くこともありましたけど、うどん屋って名前はあまりついてなかったんですよ。名字だけだったり、「寿司・うどん」と書いてあるだけだったり。実際にメニューもその2つしかなかったような。「うどん」は「うどん」で「かけうどん」って言い方はしなかったですね。

坂出高校前にあった思い出のカレーうどん

 けど、なぜか「カレーうどん」は必ずありました。僕の高校時代にはもうあったですよ。坂出高校なんですけれど、学校のすぐ目の前に、うどん屋…というより食堂ですが、3軒ぐらいあったんで。その3つともカレーの味が違うんですよ。それぞれ独特で全くオリジナルで、具がちょっと違ってた。1軒はすごいオーソドックスで、肉が美味しくって玉ネギ多め、みたいな。もう1軒はね、結構細かくいろんなものが入ってて肉も小さかったんですけど、それが美味しかったんですよ。ルーもドロドロからサラサラまでいろいろ。僕らがパッと思い浮かぶ「うどんのダシにカレーが入った」ようなやつもありました。

 僕は自転車屋の跡も継ぐ気がなくって、高校卒業してから福岡に行って40年向こうにいたんです。でも、このカレーうどんの味が忘れられないで、2年前に帰ってきてから行ったんだけど、お店が全部なくなっててがっかりしました。坂出のあの辺りも随分変わりましたよね。

「かろのうろんや」のルーツは福岡だった?

 福岡へ行った時にびっくりしたのは、子供の頃に歌ってた「♪多度津のかろのうろんやで…」っていう歌と全く同じの「♪博多のかろのうろんやで、うろんいっぱい、はらいっぱい」っていう歌が福岡にあったことです。歌の調子もそのままで。しかもその店が今も営業してます。看板にカエルの絵が描いてある有名な店ですよ。向こうはでっかい町でこっちは小さな香川県の町で、距離もかなり離れてるのに同じような歌が伝わってるって、何か関係があるんですかね。

 向こう(福岡)じゃ、うどんの大元っていうのは博多うどんだって言われてますからね。まあ中国から伝わったものですから。面白いんですよ。博多のうどんというのは柔らかくて、山笠で締めるふんどしの「へこ」が緩んだみたいで「コシがない、だらしない」と自嘲的に言われてますが。

 それと、うどんに乗せるのは「丸天」なんですよ。何かえらい薄っぺらい、練もんの天ぷらです。もしくはゴボウ天それを切らずにそのまま乗せるんです。向こうのうどんは最初は食えなかったですけどね。先輩に「美味しいうどん屋連れて行ってやる」って中洲のうどん屋に連れて行ってもらったんですよ。そしたら「こんなの食えるかい」って(笑)。でも今では、向こうに帰ったらうどんを食べます。「柔らかいのにしますか、どうしますか?」って聞かれたら「柔らかいのをして下さい」って。コシのないのも慣れてしまうと美味しくなるもんです。

母の実家(善通寺)では”テレビの脚”を麺棒に使っていた

 多度津の家では製麺屋から玉を買ってたんですが、善通寺の大麻にあるお袋の郷では、自宅でうどんを作ってたそうです。でも麺棒がないから、テレビの脚を代わりに使ってた。当時のテレビって、コタツみたいな脚が付いてたじゃないですか。それを外して(笑)。テレビの足は先細だから、それでうどんを延ばすのは斜めになって使いにくいと思うんですけど、僕も聞いた話で見たわけじゃないから。でも、この話を聞いたせいで、TVの脚の麺棒っていうのは、僕はすごいポピュラーなもんだと思ってましたよ(笑)。

 「讃岐のうどんの味は親父さんのうどんの味だ」っていうのはよく言われてました。足で踏むから、女の人たちには踏ませないんです。だからその家々の味っていうのは、その家の親父の味だったのかも知れませんね。

 うどんを作ると言えば、法事ではうどんは必ず出てましたから、その都度誰かが作ってたんでしょうね。法事にお客さんが来たら、まずうどんが出される。で、ちょっと休みましょうかという時に、休んだらまたうどんが出てきて。終わってからもう1回出てくるから、下手すると1日のうちに3回もうどんが(笑)。法事のお土産にもうどん玉を入れてたかも知れないですね。結構持って帰るものも多かったから。

 法事のうどんはかけうどんでした。でも決まっていたわけじゃないみたいで、そんなの適当でいいよって。一番材料が手に入りやすいやつにしてたようです。それを入れるうどん鉢は今のように底から斜めに立ち上がっている感じじゃなくって、丸味がありましたね。あと、お葬式でも食べてたと思いますよ。はっきり覚えてないですが。法事では食べた覚えがあるけど、葬式自体はそんなに記憶がないんですよね。

坂出の山下のダシは昔ながらの味

 昔のうどんのダシは、ほとんどイリコだけだったと思うんですけど、美味しかったですね。ちょっと今のと違うと思いません? 坂出の国分からちょっとこっちに来た、川沿いにある「山下うどん」。あそこのダシは昔のダシに近いですよね。食べに行ったらいろんな有名人がサインしてるじゃないですか。その中に村上春樹のサインがあるんですよ。だからもう女房と行って大騒ぎしてた(笑)。讃岐うどんのことを書いてるのは知ってたけど、まさかこのうどん屋さんだったとは。

 そういえば、こっちじゃ年越しソバがちょっと怪しいでしょ。香川県の年越しソバ。僕らの頃は、相当怪しかったですよね。何か、要するにうどんにそば粉が少し混じっているような。あれは今だとソバでは通らないんじゃないかなあ(笑)。

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