うどん屋はこの辺にはなかったけど、製麺してうどんを売っりょる人がおった。長炭小学校のそばに農家の納屋みたいなところでうどんを作っりょる人がおって、作ったうどんを玉にしてこの辺まで売りに来よったな。
法事の時は、朝、お客さんが来たらまずうどん食べてもらって、法事が終わったらお土産にも持って帰ってもらいよった。うどんは「山越」で買うて出しよった。山越さんがセイロに積んで持って来てくれよったと思う。山越で注文するようになったきっかけは、「あそこのうどん、おいしいで」言うて近所の人から聞いてな。ほんで頼むようになった。
あと、昔は「お寄りさん」言うんがあってな。月に一回、地区の人の家を回って仏さんをお参りするんやけど、その時にうどん出すの。「お寄りさん」の時は「うどん4つも5つも食べた」とか、とにかくたくさん食べよったような記憶はあるな。けどもう、そういうのも今はやってない。うどん出すのもやっぱり、ダシを作ったり器を洗ったりして家の者も大変やきに「もうやめよう」いうて。今は集会所で月一回は集まりよるけど、集会所ではうどんは出さんな。
お祭りいうたら大体、「うどん」と「寿司」と「天ぷら」やな。天ぷらは色のついた揚げ物みたいなやつな。親戚の人にな、寿司や巻き寿司して、お土産に持って帰ってもらってた。甘酒とか作って。親戚がお客やる時は、こっちから行ってお土産もろて帰ってきた。「新築のうどん風呂」? そういう言い伝えは聞いたことある。ということはこの辺でもやっとる家があったかもしれんけど、人を呼んでまでは知らんな。
●編集部より…今でこそ「讃岐うどん巡りの総本山」とも言われる「山越」も、昔はうどん玉の製造販売で遠くまで配達に出かけていました。そのあたりの苦労話は、本企画の「開業ヒストリー」をご参照ください。満濃町で「お寄りさん」という行事が出てきましたが、とにかく「人が集まると、うどん」という讃岐の風習です。あと、「うどん、寿司、天ぷら」はもはや全県に広がる“鉄板トリオ”ですが、近年何となく「トリオ感」が薄れているようなので、復活プロモーションを期待したいところです。


