香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

観音寺市流岡町・昭和22年生まれの女性の証言

高瀬の「渡辺」は元々観音寺にあった

(取材・文:

  • [showa]
  • vol: 236
  • 2017.09.25

高知で母が打ち込みうどんを作ってくれていた

 生まれた所は流岡(ながりょおか・観音寺市流岡町)ですけど、小学校の物心つかん時ぐらいから高校までは、高知県の方でずっとおった。父が国鉄行っきょったんで、地元で生まれながら地元でいなかったんです。そやけん、小さい頃のうどんの思い出っていうんはないんやけど。

 まあ母親がこっちの出やから、高知でもうどんは食べてましたけど。なに言うんかな、野菜の入ったなんとかうどん…打ち込みうどんや。打ち込みうどんを日常的に食べてました。ご飯が少ない時とか、ほんであったかいもん食べたい時とか。冬の方が印象に残っとるわな。

 かけうどんもそやね。父親の実家に行って、お呼ばれする時はかけうどん。実家は農家やったけど、小麦粉やらをどないしよったかは分からんね。うどんを打ってた覚えもない。私なんか、出来上がったもんを食べるぐらいやから。

 18過ぎてこっち帰って来てからは、駅通りの駅(観音寺駅)の前の国鉄の官舎におったんです。でも近所にうどん屋さんは無かったし、なんか食べに行った覚えもないね。

昭和町にあった太い麺のうどん屋

 昭和44年に結婚して、今は柞田(観音寺市柞田町)の下出におります。昔、うちの下(しも)の方に、太い麺のうどん屋があったな。「渡辺うどん」とかいうて。昭和(観音寺市昭和町)の「島田の皮膚科」の隣か前か。ガソリンスタンドとローソンがある角の、ローソンの前側の方。「フジムラ工具」があったとこ、あの斜め前やったん。「渡辺うどん」はあれからもう、高瀬の11号線の方に変わったやろ。有名な店なん? 元は観音寺にあったんで。

 うどんは結構好きで、今でもあちこち食べに行くんですよ。セルフうどんとか製麺所とか。「がもう」さんや「山越うどん」や「中村うどん」や「山下うどん」とか。あと、「川福」さんな。「おか泉」もよー行ったけど。

 一ノ谷(旧一ノ谷村があった地区)にも、お婆ちゃんが3人でしよった「うらら」言ううどん屋さんが。一ノ谷の陸橋の、高速の下やけどねえ。あそこには馬が昔おったん。馬やら、ロバやらな。

ページTOPへ