香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

高松市香西本町・昭和13年生まれの女性の証言

うどんは家で母親が作っていた

(取材・文:

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  • vol: 28
  • 2015.07.10

うどんは家で母親が作っていた

おうどんもやけど、戦前に比べて戦後ではおうどんの上に載せる具材も華やかになってるわ。今はいろいろ載せるけど、昔は物がない時代やったからね。ネギだけやのうてかまぼこも載せるようになった。子どもの頃やから、昭和20年頃かしら。

おうどんは、家で母親が作ってましたよ。うどん粉を練って、きれいな布に練ったお粉をまいて、その上に紙を置いて踏んでいましたよ。それでのし棒でのして折りたたんで重ねて、パパパパパっと切って。今と違って電気とかないから、まきでたくお釜でゆがいてたん。これがおいしくておいしくて、おうどんする日が待ち遠しかった。子どもの頃はそんなかったんよ。

祭りや法事ではうどんが必ず出された

法事やお祭りでは必ずおうどんが出ました。結婚式では、出るとこと出ないとこがあったわね。昔から、細く長いものは縁起がいいって言うでしょう。だからお祝いごとには、おうどん必ず食べてましたよ。時期は、昭和30年ぐらいからだったかな。

夫がうどん好きで、お昼によくうどんをしていた

主人がおうどん好きやったけんな、昭和40年頃は家でよくおうどんをしていました。この頃には香西北町にいて、おうどんは、家で打たん場合は農協のおうどん売ってるとことか、お粉ひいたりしてた坂本さんとこまで買いに行ってた。坂本さんっていうのは、香西小学校の前の道を南へ行って、右側にある細い坂を少し行った所にある、鬼無寄りのとこね。小麦持っていって、ひいてもらうのもできるけど、おうどんだけも買えるわけ。今こそスーパーになんぼでも売りよるけど、昔はそんなのないからね。精米所とかそういうところにおうどんがあったんや。で、みんなそこに自転車で買いに行ってたわね。坂本さんとこも最初はお粉ひくだけだったけど、おうどんも売るようになっててね。今でもお店をやってるかどうかは知らんけど。家でおうどんするときはだいたいお昼で、出汁はおいりこ、煮干しね。それとかつおでとってました。出汁を作っておいて、そこにゆでたうどんを入れて。上盛りのかまぼこやネギやあぶらげもして。あぶらげは甘辛く味を付けとくん。かまぼこはスライスして。おうどんもいろいろ種類があるわね。打ち込みうどんとかもしてた。おうどんしよるお店もあったけど、今ほど多くはなかったわね。

色の付いたうどんは長く続かなかった

色の付いたうどんも見たことあるよ。いつごろだったかは忘れたけど、おうどん屋さんにあったよ。どこのおうどん屋さんにもあるわけでなくて、あそこのおうどん屋さん行ったらあるっていう話を聞いて食べに行った、というか見に行った。そういう感じやった。けど、おうどん屋さんの名前は覚えとらんなあ。なぜか薄いピンクとか薄い緑とか色が付いとった。1人がピンク頼んだら1人が緑頼むゆう感じで、ピンクと緑が一緒に出てくることはなかった。きれいやったから食べてみたけど、味は変わらんかった。すぐやんだよ。やっぱり普通の白いおうどんがいいゆうんが分かったん違う? 続かなんだよ。

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