香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

高松市松島町・昭和15年生まれの男性の証言

すき焼きの最後のシメにうどん

(取材・文:

  • [showa]
  • vol: 197
  • 2017.05.08

昭和30年頃、八百屋のうどんは一玉10円、店では一杯25円!?

 両親が徳島の出身だったからでしょうか。子どもの頃にうどんを食べる機会は少なかったですね。麺類なら素麺を食べる方が遥かに多かったです。

 家でうどんを食べるときは、近所の八百屋へ麺を買いに行っていました。当時の八百屋には木で出来た四角いせいろがあり、その中に麺を並べて販売していたんです。そのせいろは会計場所の近くにあり、注文に応じて店の人が麺を取り出していました。

 ただ、麺は八百屋で作っていたのではありません。どこかの製麺所で作られ、八百屋へ卸していたものです。昭和30年頃、一玉が10円だったことも記憶しています。

 家ではかまぼこやねぎ、揚げなんかを入れて温かいダシで口にすることがほとんどでしたが、いつの頃からかすき焼きの最後のシメにうどんを入れ始めました。

 外食は、トキワ街(高松常磐町商店街)にあった「きみや食堂」が印象に残っています。トキワ街にダイエーが誕生してから地下に移転しましたが、昭和30年頃はまだ商店街沿いにあり、店は大変賑わっていました。うどんは一杯25円だったのではないでしょうか。ちなみに、トキワ街の混雑ぶりももの凄く、子どもを見失うと容易には探し出せないほどでした。今では考えられないかも知れませんが。

  • TAGS: 
  • 関連URL: 

ページTOPへ