香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

高松市栗林町・昭和18年生まれの女性の証言

うどんは家では打たない

(取材・文:

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  • vol: 34
  • 2015.07.10

うどんは家では打たない

長尾では「お同行(どうぎょう)さん」いうて同宗派の隣組みたいなんがあって、集落の一軒一軒から一人ずつ出るんやけど、それが持ち回りで誰かの家に集まる。その時にうどんが出よった。しっぽくみたいなんやったんちゃうかな。うどんは家で打つもんでなくて、店で打ってもらいよった。粉を持って行ったかどうかはちょっと覚えとらんけど、生麺をもろてきて、家では茹でるところから始まる。私はお同行さんにうどん運ぶ役。うちにはお同行さん用のうどん鉢いうんがあって、柄まで覚えとるよ。一軒につき一人いうたらだいぶ人数おったで。高松に出てきたんが小学校6年やから、私が12歳くらい(昭和30年)までの話やね。

栗林の家では、当時まだ田舎から男衆(おとこし)さんの出入りがあって、そういう人らが来るとおばあさんが必ず「田中屋」からうどんとお寿司をとって振舞いよったわ。今の栗林の田中屋食堂が、昔はうどん屋だったんよ。

そもそも子どもの頃は、うどんに限らず「外食」いう概念があんまりなかったな。田舎は店もないし。うどん屋でうどん食べよったんは高校生の頃。ほんまはいかんかったんか知らんけど、「あずまや」でたむろしとった。かけうどんやったと思う。もちろん学食でもうどん出よったよ。あと番町の、細田眼科の隣かもう一つ東くらいに食堂があって、オムライスや何やあったんやけど、なんでかそこで昼休みにうどん食べよった記憶がある。

私が好きだったんは、片原町の「丸ふく」の皿うどん。焼きうどんというか、ちゃんぽんみたいな野菜のあんかけ風で、おいしかった。トキワ街にもお店があって。本店は今もあるけど、おそば屋さんになっとるんと違うかな。

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