香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

綾川町滝宮・昭和17年生まれの男性の証言

「土三寒六常五杯」は昔の粗い塩の配分?!(綾川うどん研究会副会長・村山潔さんのお話)

(取材・文:

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  • vol: 190
  • 2017.04.13

家の打ち込みうどんは根菜たっぷり、お客さんには鍋焼きうどん

子供時代(昭和20年代)、うどんは自宅で打ってましたか?
 ええ。まあ、わずかですが打ってましたね。忙しいもんでね、農作業の時間が空いたら親父がぽっと打つぐらいなんです。冬の打ち込みうどんはおふくろの仕事でした。自家製の味噌味でね。打ち込みの具はそこらへんにある野菜ですから、里芋からあぶらげ、ごぼう、それから人参も入ってるわね。そのへんの冬の根菜はだいたい入りますね。

 ただ、わが家はね、結構お客さんが来る家だったんですよ。百姓だといいながら米を作りながら山林用の杉やヒノキや松の苗木も作っとったんです。苗木を作るもんやから、県庁の役人が点検に来たり、引き取りに来たりするわけですね。国有林と民有林ていうのがあって、民有林の責任者や国有林の担当者が、苗を見に来るんですね。で、何千本の出荷でお願いしたいと。そういう商いがあるもんだから、その都度おふくろが接待の鍋焼きうどんを出すんです。

お客さんには鍋焼きうどんですか。
 そうそう。肉を入れてかまぼこを入れてネギを入れてがーっと熱くしてね。来客は冬が多いですから、ものすごくありがたがられてました。だからその鍋焼きの鍋ね、アルマイトのちゃちなものですけれども、30個か40個くらいありましたね。冬の親戚の集まりの時も、お客さんが来ても、家のまつりごとでも鍋焼きをしていましたね。

法事のうどん

法事にうどんは出ましたか?
 出ましたよ。うちは真言宗ですが、当時の法事で出るうどんっていうのはその場で食べるおうどんと、おみやげとして持って帰るおうどんがある。おみやげのおうどんは、法事に来たおうちの向こう3軒両隣に2玉ずつは渡るような量を渡すんです。ほなもんで、1軒の家が来たら、本人の家と向こう3軒両隣だから6軒分。そこに2玉ずつだから、最低でも1軒の家に12玉、多い時は15玉くらい重箱に入れて渡すんです。

 だから、法事に10軒来たら150玉いるわけです(笑)。ほなもんで、自分ちで打つとたいへんだから製麺所に頼むんですよね。「法事が何月何日にあるもんで150とか200頼むで」っていうたら、製麺所は「へいっ」ていうて、店に出す分の上に法事の分を余分に打つわけです。

昔の製麺所の商いは、法事の需要が結構大きかったんでしょうね。
 大きかったと思いますね。自分の家では150玉も200玉も打てないから、まとまった数はみんな製麺所に行くからねえ。
今も法事に来た家には1軒に12玉も15玉も渡すんですか?
 今は、私のところでは1軒に対して4玉分くらいになった。この頃はみんな、持って帰っても近所に渡さないもんでね。ほなけん、法事に十軒来ても、当日食べる分とおみやげとを合わせて70~80玉もありゃあ充分。それぐらいなら私が前日に打っときゃいい(笑)。

昔はゆで麺のやり取りばかりだった

法事のおみやげで渡すうどんは、茹でたうどん玉ですよね。
 今は打って茹でずに渡したりしていますが、昔は全部茹でたやつを渡してましたね。だからもう、食べる頃には伸びてるんですよ。でも、小さい頃はそれにうまいとかうまくないとかいう感覚は薄かったね。うどんが食べられるというだけで嬉しかった。
昔は伸びてても気にしませんでしたからね。
 あれ、どれくらい伸びるかっていうの調べてみたんですよ。お湯の中に入れて、だいたい30分置いとくと、65センチが69センチになります。
物理的にちゃんと伸びるんですね(笑)。
 4センチくらいなので、6パーセントくらい伸びます。それから太くなりますね、水を吸いますから。それで、そのうち「茹でた玉をあげる」ってことが非常に不合理に思ったわけです。つまり、伸びてるのを渡すことになってしまうわけです。例えば12月29日に打って30日に渡して、元旦になったら絶対伸びてるわね。ほしたら「生うどんの方が、茹でる手間がかかっても伸びないからおいしいよ」って話になって、パック入りの生麺で渡し始めた。

 その後、地元に帰っても周りはみんなおみやげなんかで茹でうどんをあげていたので、私が「それ、その日はいいけど次の日が来たらうまくないよ」って言って「生うどんの扱い方」というプリントを作ってみんなに渡したら、「そうか、これだったらいいね」って。ほんで生うどんを配るようになった。

生うどんのおみやげのパイオニアだったんですね!

近所の製麺所にオガコ専用の釜があった

ところで、近くに製麺所があったんですか?
3軒くらい向こうにありました。
そこは、中で食べることはできましたか?
 店では食べられない。でも、製麺だけでなく、茹でるところまではやってましたよ。私は小さい時からね、そこにうどん玉を買いに行ったら、じーっとそこで見学するわけです。いつまででも(笑)。それで帰ったら家で怒られるわけだ。「遅いっ」ていうて(笑)。でも見てたら面白いもんだからね、こねるところから、まんじゅうにして、寝かして、そして足踏みをして、打って、湯がくっていう一連のものをずーっと見るわけですよ。

 そこのおじさんのことで印象に残っているのが、ゴザを折りたたんでそのまま踏んでたことですね。今みたいなビニールやポリエチレンなんか使いません。そんなものないから。全部ゴザ。ゴザのきれいなやつを使ってね、でも古いやつもある。そういうのはぼろぼろになってる。で、ゴザをかけてそのまま寝かすんですよ。「ええー、隙間が空いてるのに」と思ったりして。

今だと衛生面でとやかく言われますね。
 そうですね。うどんだけじゃなく、食品全部がそんな時代でしたね。もう一つ、そこの製麺所の特徴はね、茹でるときにオガコを使うんですよ。オガコっていうのは木を製材する時に出てくる粉ですね。ノコギリで切った時に出る粉。あのオガコを大量に袋の中に入れて運んでくるわけです。そこに大きな釜があって、釜の横にオガコ専用の焚き口があるわけです。
木の粉で炊く専用のかまどがあったんですか。
 うん、オガコ用のかまど。そこにオガコを上から入れるホッパーがあってね、そこにオガコを入れると、かまどの中にすべり落ちていってブワーッと燃えていくんです。薪を大量に燃やすのと違って、オガコというのは粉状態ですから、火力を出すのには何か工夫がいるのですかね。たぶん、オガコは安かったと思うんですよね。製材屋から自分で運んで来るんでね。それがね、他のところと違うなあと。

 例えば、すぐ近所に豆腐屋があったんですよ。その豆腐屋で豆を炊くでしょ。そこで使うのは普通に薪なんですよ。我が家だって高い火力を出そうとしたらやっぱり薪なんですね。オガコなんか使ってないんですよね。

オガコは瞬間的に火力が出るってことですかね。
 うん、そう。いきなりブワーッと燃えますよね。で、松材なんかは油を持ってますからね、オガコでも結構な強い火力が出るんですね。それが面白かったですね。「ええー、オガコを使ってこんな風にやるのかあ」と。
その製麺所で打ったうどんは、どこかの店で食べられましたか?
 その製麺所のおばさんがパッパッパッパッと玉を取ってね、近くの100メートルくらい離れてるうどん店に大量に玉を持っていくんです。で、そのうどん店がお客さんに食べさせるという、そういう卸専門の製麺所でしたね。僕の小さい時はうどん屋もありましたけど、製麺所が多かったですね。製麺所でうどんを買ったら、家に帰って自分で調理する。打ち込みに使う人もいましたね。それは麺から抜ける塩で困るでしょうけどね。

祭りのうどんと寿司

法事の他には、どんな時にうどんが出ていましたか?
私の実家に納屋が2つあるんですけど、納屋作る時に棟上げをするでしょ。そしたら振る舞いは当然、うどんになりますよね。それから祭りの時。「赤飯とうどん」とか「寿司とうどん」とかね。
どういうパターンにしろ、うどんは入るわけですね(笑)。
 全部うどんが入って来ますね。特に「お寿司とうどん」というのがポピュラーなセットでしたね。
そのお寿司はバラ寿司ですか?
 それは家によって違うんです。基本はバラ寿司。で、お母さんの気分とか季節でね、押し抜きになることもある。バラと押し抜きと、それから巻き寿司にするっていう場合もあるね。巻き寿司の場合は上等だっていうことと、それからピクニック的な携帯食としても出ましたね。そういう時は巻き寿司が圧倒的に多いね。

 例えば子供の運動会とか学芸会とかに、巻き寿司をして持って行くんです。お母さんのところ行ってね、お昼「うちは巻き寿司だ」って言うわけです。そしたら、こういう言い方も変ですが、うちは巻き寿司があって、みかんがあって、上等なんですよそれは。なんか、すごく誇らしく思ってね(笑)。別に「どうだ!」なんてことは言いませんけど、何となくニンマリする(笑)。その時は弁当だから、うどんはセットにはなってないわな。

当時は寿司の中では巻き寿司がいちばんいいものだったわけですね。
 まあ、寿司としてはね。でも、祭りの時なんかも親戚の家に行っておみやげで持って帰る時、うどんとバラ寿司と、巻き寿司も入れる場合もありましたね。一家に何本とか。だからおふくろはお祭りの時なんかは、朝から何本も何本も巻いてましたね。
確かにバラ寿司と押し寿司と巻き寿司だったら、巻き寿司だけは海苔がいりますから特別製ですね。
 ほんで、中にね、穴子が入るかどうかが大きい(笑)。
滝宮は海がないから、穴子は獲れないですよね?
 私の小さい時は、おばさんが新鮮な魚をかついで売りに来てたんですよ。
「いただきさん」みたいな人ですね。滝宮まで来てたんですね。
 どこかから電車に乗ってきて、駅から押し車に乗せて売り歩いて来たんですが、家によってそれぞれ経済状態が違うんで、週に2回、3回と買う家と、週に1回しか買わない家があるんですよ。毎日買う家なんてほとんどないんです。だから、そのハレのね、いい日の巻き寿司にはアナゴを入れるので予約するんです。そういう「巻き寿司っていうのは上等だなー」っていうイメージがありますね。いまだにあるんです、その感覚が。
高松の商店街でも「アナゴのせいろめし」というのがごちそうだったらしいですね。
 だから私、今だにそういう印象があるもんだから、こないだ神戸にアナゴを食べに行ってきた(笑)。明石まで行ってきたりね。こんど広島へ穴子丼を食べに行こうかって話してる。いや、ほんとにうまいですよね。
アナゴって、香川の人にとっては他の県の人のウナギのポジションに近かったんじゃないでしょうかね。
 私、静岡で長いことおったんですが、ウナギを釣りに行ってる中でアナゴが釣れるんですよ。そしたら、アナゴが釣れた仲間は「外道や」いうて捨てるんですよ。「何でそんなもったいないことするんや」言うて、私にくださいよ言うて(笑)。このくらいのやつ(手で示す)をちゃんと持って帰りますよ、私。ほんで女房が捌いて焼くんですよね。女房は香川県の人でよかったなと思うんです。他の県の人だと、ちょっと捌いてくれないですよね。

静岡で家庭を持ってから自分でうどんを打ち始めた

お仕事で静岡にいらっしゃったということで。
 大学を出て、静岡で就職しました(昭和40年頃)。香川を出るまでは自分でうどんを打つということはあまりなくて見てるばっかりだったんですけど、静岡で就職して家庭を持つとね、うどんを打ちたくなるんだねえ。奇妙なことに。
香川県民の血ですね(笑)。
 うん。年末の年越しうどんは私が打つっていう役割になったんです。最初はなかなか上手にはできなかったですね。それでも打ってるうちにだんだんわかってくるわけですよね。
子供の時に製麺してるのを見てきたのと食べてきたので、基礎はできてた。
 そうですね。見取り練習だけで、実践はやってないですけどね(笑)。少年の頃は親父が打ってるやつを横で見とって、「切ってみるか」とか「やってみるか」って言われてやるぐらいの程度ですから、まあほとんどやってないんと一緒ですね。自分で水加減、塩加減からするわけじゃないからね。
足踏みはやってましたか?
 それはやりましたね。見学に行ってた製麺所でもね、じーっと見よったら「おまえじーっとしとんだったら上がってこい」と。そうなるわけですよ(笑)。ほいで「おまえ体重が軽いからダメだなあ」なんて言われながらね(笑)。まあとにかく、本格的に打ち始めたのは就職して家族ができてからですね。

 それから、帰省したら私がうどんを打って、兄弟のところへそれぞれあげるようになった。兄貴は一家を構えてるし、姉さんは嫁さんに行ってるわけで、そこにあげる。僕が打ったら、取りに来るわけですよ。

今の塩で「土三寒六」をやると塩辛くなる

 私が打ち始めた二十歳代の頃(昭和40年頃)は、「土三寒六常五杯」っていうのが頭の中にあるもんだから、それでやっていたんです。でも今、数字通りの「土三寒六」でやるとね、塩気が残るんですよ。ものすごく塩辛いうどんができる。なんでこんな塩っ辛いんだろうと。最初は全然わからなくてね。
昔の塩は精度が低かったからなんですかね?
 そうでしょうね。昔の塩はおそらくNaCl(塩化ナトリウム)が70~80%くらいで、残りの20~30%は「にがり」の成分だったんだろうと思うんです。「にがり」の成分っていうのは、MgSO4(硫酸マグネシウム)とかCaSO4(硫酸カルシウム)とか、要するにマグネシウム、カルシウム、カリウム系ですね。「にがり」の成分がうどんに入るとタンパクを固めるという性質もあるけど、それが多いと苦味を感じるんですよ。茹でたら抜けると言っても全部が全部抜けるわけじゃない。だから、うどんとしてはほんとにいいもんかな? って感じる部分はあります。
なるほど(←よくわかってない)。
 それが今は食品の表示が変わって、「食塩」と表示されるのはNaClが99%以上になったから、「土三寒六」でそのまま使ったら塩辛くなるんですね。伯方の塩とか瀬戸の本塩とかあるでしょ。あれは99%までいってないけど、伯方は95%、瀬戸は90%ですから、やっぱり昔の塩より塩辛いんだろうね。逆に「にがり」分が少ないだけ、タンパクを固めたりグルテンを補強するという役割からするとちょっと弱い感じはするけど、それは感じであって、数字で表せるほどのもんではない。
実際に打ってみたら、わからないくらいのちょっとした違いなんですね。
 私も若い時は塩分なんか気にしてなかったから(笑)。考えてみたら、茹でることでどれくらい塩が抜けるのかというのを塩分計で調べたわけじゃないから。だいぶ後になって、うどんを茹でることによる成分の流出に関する論文を見たんですが、そこでも「茹でると80%近くの塩分が流出するだろう」くらいの書き方しかしてなかった。

(この後、塩の話から茹でた時のデンプンの流出、加水率、吸水率…と話が「うどんの化学」に脱線していきますが、ここは「昭和の証言」ですのでまたの機会に・笑)

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