香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

綾歌郡綾川町・昭和16年生まれの男性の証言

おばさんが観音寺から綾歌まで歩いてイリコを売りに来ていた!

(取材・文:

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  • vol: 191
  • 2017.04.17

祭りや正月には、うどんとバラ寿司と色のついた野菜天ぷら

 私が子どものころ(昭和20年代)は、秋の祭りや正月に、おじいさんと父が家でうどんを打ってくれていた。滝宮あたりでは、うどんを打つ道具はどこの家にもあった。1回につき、2せいろ分(40~50玉)は作っていた。一人が食べる量が多かった。「赤いた」と呼ばれる周囲が赤くて中身が白いかまぼことネギが入ったイリコだしのかけうどんや、野菜のたくさん入ったしっぽくうどんを食べていた思い出がある。祭りになると、うどんに大盛りのバラ寿司、鮮やかな色の付いた野菜の天ぷらなどのごちそうが並んだ。

観音寺から歩いてイリコ売りに!

 うどん粉は、農協に小麦を持って行くと、粉にしてもらえていた。驚いたのはイリコである。観音寺から海産物を売りに来るおばさんがいた。背中に風呂敷で包んだ荷物を背負って定期的にやってきた。来る日がだいたい決まっていたから、近所同士が申し合わせたように、イリコを買い求めた。すっかり顔なじみになっていたが、ある日、何気に聞いてみた。「ここはコトデンの駅しかないけど、観音寺の方からどやって(どのようにして)来よん?」。「何言よんな。歩いて来よんに決まっとるやろ」。これには一同たまげて、敬意を表するとともに、瞬時に次の予約をしたのは言うまでもない。

 綾川流域は、うどんの発祥地とも、ドジョウ汁の本場とも言われて久しい。確かに、近所や友達の家でドジョウ汁をすることは珍しくない。しかし、なんでかわからんけど、自分の家でしたのは記憶がない。ざまくげな(きたない)のは親が好かんかったんかなと思う。その性格は、わしも息子も孫もよう似とるわ。血筋は争えんもんじゃ。最近、東京から孫の嫁の両親が来た時にもてなしで作ったくらいやな。作り方は、見よう見まねで大丈夫やった。なんせ、本場で回数食うとるけんな。東京の両親は、黙ってドジョウ食ってたけど、ほんまに大丈夫やったんかいな。

うどんはノド越し! けど無理は禁物

 好きなうどん屋は、栗熊(丸亀市綾歌町)の前場うどん。以前はかけ2玉で150円くらいやった。麺は時間にもよるが、ここは出汁がうまいので気に入っている。中讃のうどんしか知らんけど、中讃のうどんが一番うまいと思う。みんな言いよるしな、間違いないやろ。

 中学校を卒業して、自分でうどん屋へ行って食べ始めたころに、先輩から教えられた言葉がある。「うどんはノド越し」。今では当たり前に言われるけど、試してみて、なるほどと思った。近年までは「ゾゾー」「ゾゾー」と小気味いい音を立てながら実践していたが、古希を過ぎたころからはあまり無理が効かんようになってきた。「ゾゾー」「ゾゾー」。また、いつかやってみたいが、ひい孫もできたことやし、気いつけないかんな。

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