香川県民のさぬきうどんの記憶を徹底収集 さぬきうどん 昭和の証言

仲多度郡まんのう町羽間・昭和12年生まれの男性の証言

「二番粉(にばんこ)」のうどんがおいしかった

(取材・文:

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  • vol: 291
  • 2019.03.18

法事のうどん

 昔はな、農家でもそんなにしょっちゅううどん食べてはおらなかった。いろんな仕事の区切りとか、お正月前の年末とか、仏事とか。仏事も、法事にお参りに来たら法事が始まる前におうどんを出す。その時は湯だめのうどん。それを食べてもらって、それから仏事があって、終わってから食事。終わってからの食事にはうどんはなし。うどんは最初に来てもらった時にみなさんに食べてもらうだけ。今でもお家で法要されるところはそうやってうどんしよるんやけど、この頃は会場借りてするでしょ。おそらくそこではうどんは出ないと思う。
法事の帰りにお客さんにお土産としてうどんは渡してましたか?
 渡してました。おうどんと、お寿司とかね。それとお供え物を渡してました。ちょうど昨日、家内が坂出の方へ法事に参ったんやけど、半生麺を何食分かお土産にもらって帰ってましたね。

半夏生のうどんと寄り合いのどじょう汁

 農家の仕事の区切りゆうんは、夏に半夏生(はんげしょう)いうんがあって、その時にはおうどんを作って食べよった。全部自分のところでこねて、踏んで、伸ばして、切って茹でて作って家で食べる。我々が昔から作るのは「夏三寒六(なつさんかんろく)」いうてね、塩の具合が季節によって違う。夏はやっぱり切れやすいから塩を三倍に薄める。寒い時は六倍で夏より塩分が少なめで。とにかくうどんは私の代くらいまでは全部自家製、自分の家で打ちよった。

 打ち込みうどんも時々してましたな。自分ちの小麦と自分ちの野菜で。「ちょっとご飯が少ないのう。打ち込みするか」言うて。それから、私が自治会長しよる時には、大きいお釜を借りてきて地区のみんなが寄ってどじょう汁をやりましたな。

うどんを食べるのは暮れ正月と、半夏と、仏事

年越しに食べるのは蕎麦ですか? うどんですか?
 うどん(即答)。最近は蕎麦も買うてきて食べるけれど、元はうどん。宵越しで30日からうどん作って、大晦日に食べるでしょ。ほんで年が明けたら今で言う年明けうどん(笑)。たくさん作っとくからな。三日の分くらいまでうどんがある。ほんで一日、二日、三日くらいまでは、朝は雑煮、昼はうどん。うちは旧正月や節分ではうどん食べよらんかった。食べるんは暮れ正月と、半夏と、仏事と。おうどんでもお寿司でもお餅でも、農家ではご馳走の部類やなあ。今みたいにいつでも食べられるようなもんではなかった。

小麦づくり

小麦はこのあたりでは作ってましたか?
 作ってました。どの農家も大麦を作る中で一部分は自家用に小麦を作るんですわ。ずっと昔のことは私も知らんのやけれども、昔は「ひき臼」いうて、石の臼を挽く。これで小麦を挽いて、ふるいでおろして。

 ひき臼はどこの家にもあった。きなこ作ったり、蕎麦をしたり。どこの家庭にもありましたよ。そのひき臼も一回ではいかんので何回も挽いて。そのうち、製粉やっとる業者ができてきたんで、そこへ収穫した小麦を粒で預けるんですわ。そこで帳面つけてもらってて、必要な時に行って粉でもらってきて、自分のとこでうどん打つんですわ。

「うどん玉」で受け取ったりはしなかったんですか?
 この辺は大体、うどん打つんは自分とこやな。さっき言いよった仏事の時にでも、宵から「うどん作らないかんいうて」自分のとこで全部しよった。何十玉と打って、ゆがいて。うちでも私が二つや三つの時、ばあさんが私を背中におんぶしてうどん踏みよったらしい。うどんを玉で買い始めたの、いつ頃やろうかなあ。
製粉業者からもらう小麦粉は、自分ちで預けた小麦を挽いてもらった粉ですか?
 だと思うけど、製粉業者にはいろんな家から小麦が集まっとるから、粉になったらどこのかわからんわな(笑)。
このあたりはまんのう町ですから、満濃池から農業用水が来てるんですね。
 いや、満濃池の水が来るのは土器川から西。この辺りは土器川の東だから、土器川と井戸の水です。昔は水が豊富やったから、3ヘクタールくらいは井戸の水だけでまかないしよった。今は土器川に流れよる水をとっりょるけど、伏流水はぜんぜんとれんようになった。だいぶん水脈が変わって、ちょっと出にくくなっとんかもしれん。補助水源くらいは持っとるけどな。

まんのう町のうどん風呂

「新築のお風呂でうどんを食べる」いう慣習の本場がまんのう町あたりだ、というアンケート調査があったんですけど。
 新築だけでなく、改築でも、風呂がサラ(新品)になったらやっりょった。うちも平成2年頃に家ができた時には「うどん風呂」やりましたわ。近くの親戚やら近所の人やら、12~13人が「もらい風呂」みたいに入りに来て、お風呂の中でうどんを食べましたよ。
その時はどんなうどんを出すんですか?
 かけうどん。上にはネギとかくずし。
うどん風呂に入り来る人は、お祝いとか持ってくるもんなんですか?
 それはない。「新築の風呂でおうどん食べたら中風(今で言う脳梗塞)にならない」といわれとったけど、それもあてにならんな(笑)。風呂の効能なのかうどんの効用なのか、根拠はわからんし医学的に本当に体にいいのかとか私もわからんけど、まあそういうことをして新築のお風呂のお祝いをな、昔からしよった訳やな。けど、最近は「お風呂でうどん食べる」いうんはあんまり聞かんなあ。我々の代がすんだら、もうそういう風習ちゅうんはなくなるんかなあと。文献とかに書かれてたら残るやろうけど、やる人がおらんようになったら途絶えるわな。

製麺所とうどん屋の記憶

このあたりに水車はありましたか?
 水車小屋は、ここからちょっと上がった佐岡いうところにあってな、そこで製粉したり精米したりする業者がおりました。ここの川の西にもあったけど、どっちももうやってないな。
すると、製麺所もあったんですね。
 製粉所が兼ねて製麺もやってました。旧32号線沿いに「道」いう喫茶店があるんですが、私んとこの分家の親父の弟の家が昔そこにあって、製粉精米と製麺やっじょりました。そうめんも作ってましたな。

 それから、近所の人が「うどんしてくれ」言うたら、うどんも作った。粉を練ったあとはロールに何べんも通して、そこらは機械でやって、ゆでてうどん玉にして。うどんは玉を売るだけで、そこで食べさせたりはしよらんかった。近所の農家の人らが持って来た小麦を挽いて粉にして、農家の人は粉で持って帰ったりうどん玉で持って帰ったりしてました。

うどん屋さんの記憶はありますか?
 近くで出来たんは千葉さんとこ。そこの交差点のところに「千葉」さんという喫茶店があったんですけど、そこがうどんを出してました。うどん屋が喫茶もしてたんじゃなくて、喫茶店がメニューにうどんを出してました。それも、自分ちでうどんを打っちょったから、玉売りもしてましたよ。近所の人が玉を買いに行って「出来立ちもろうて来たよー」って帰ってきてました。そういや、おでんも置いとった。喫茶はやるし、おでんの仕込みはやるし、二階は宴会場でな。消防団とかの宴会も全部自分で料理作ってた。どじょうの唐揚げも出しよったな。

 それから、今はやっとらんけど、まんのう町の「もりもり」は、定食のカツ丼とか頼んだら小さいうどんがついてきよった。舟形の建物の「こんぴら丸」も今は鉄工所になってしまったけど、あそこもうどん出よったはず。お土産物屋さんの中にあったうどんの「八十八」も「満濃屋」も食堂タイプのうどん屋やったかな。橋越えてちょっと行ったところに、「佐藤」さんいう製麺所もあった。あと、岡田の「ふるさと」さん。それくらいかなあ。

 あと、高松やら町の方に行ったら、映画館の隣にはたいていうどん屋があったように思う。高松の東浜か北浜の入り口あたりには屋台が並んどって、うどんやそばだけでなく、いろんな食べ物を出してたな。けど、今ほど店でうどんは食べよらなんだな。うどんの値段も昔は今より高かったような感覚がある。

 けどやっぱり、うどん屋さんで玉うどん買うてきて食べたら味が違うな。おいしいな。私らの子供ん時でもそう。ばあさんがおうどん作って、ゆがいて、水洗いするでしょ。その時にちょっとつまむのが一番おいしい。ダシもいらんのな。怒られもって食べるのが一番おいしかったな(笑)。

二番粉のうどんがうまい

 どこのうどんがおいしいやいうんは、最近はわからんな。粉自体がわからんけんな。地元で穫れた小麦を粉砕して作ったらな、いちばん最初に砕いて出した粉は真っ白ですわな。いっぺんにはとれんから、また反復させる。もちろん、やる時には小麦を研磨して、外の皮を磨きかけてから挽くわけやけれども、一番最初は真っ白な粉、次になったらちょっと皮が入る。その「二番粉(にばんこ)」で作ったうどんがおいしいんよ。ちょっと黄色がかっとんやけどな。あんまりようけ皮が入ったらうどんにならんけど、二番粉がええ案配でおいしいんよ。

 最近いろんなうどん屋さん行くけど、打ってすぐやったらどこも変わらんな。この頃みんな、切るんでも自動ちゅうか、あれで切っりょるでしょ、刃が動くか、まな板が動くかの麺切機で。昔はほんとに手切りで、太いんあったり細いんあったり。それがおいしいんな。いい包丁で手切りしてやったらおいしい。切り口の食感いうのが違うと思うよ。麺切機もよう切れるんやけど、ちょっと押っしょるけんな。押さえるようになるけん。昔はこなして、そろそろ切っりょった。切り口にも個性が出よったんよ。

●編集部より…戦前生まれの長老から、まんのう町羽間周辺の戦後のうどんシーンに加え、「二番粉のうどんがうまい」とか「うどんの切り口に個性が出る」等々、含蓄のある話をいくつも頂きました。工業製品みたいな麺が増えてバリエーションがどんどん減ってきている昨今の讃岐うどん界ですが、「二番粉うどん」とかどうですか?

 ちなみに、四国学院大学の学生が2010年に行った「うどん風習調査」によると、香川県内で「家を新築した時にお風呂でうどんを食べた」と答えた人が調査1008人中109人(11%)もいました。まあ、この数字の中には「テレビで見たのでやってみた」という人が20人ぐらいいたので(全国ネットで面白おかしく何度か紹介されていた)ちょっと割引が入りますが、驚いたのが市町別の結果。「新築の時にお風呂でうどんを食べる率」の1位はまんのう町で、何と回答者の64%が「やった」と答えた! 2位が三豊市の29%、3位が善通寺市の21%だから、まんのう町の突出ぶりは疑いの余地がありません。よって、まんのう町は「うどん風呂発祥の地」を宣言しましょう! 根拠は薄いけど、誰もファクトベースで反論できないと思うからきっと大丈夫(笑)。

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