さぬきうどんのあの店、あの企業の開業秘話に迫る さぬきうどん 開業ヒストリー

【植田製麺所(高松市栗林町)】
半世紀以上に渡り、高松市内へうどんを配達し続けた栗林の製麺所

(取材・文:

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  • vol: 14
  • 2018.10.22

第一話

植田製麺所・前編

<昭和40年代〜昭和50年代>

うどんの卸先が大量にあった時代

ご主人
 まあ昔はよー売れよったで。どこもここも、ぜーんぶ卸っしょった。
奥さん
 食堂にね。それとお好み焼屋も。焼きうどんやなんやいうて。
ご主人
 食堂はここらやずーっとあったで。栗林の駅の周り、ぐーるりの。そらもう、栗林駅や人がよーけ来よったけんの。こっちから方々へ行っきょったけん。
奥さん
 「たまちゃん」いう食堂が長ーいことあったわ。映画館の近くの。
ご主人
 こっち(栗林町)に映画館、2軒もあったんで。
奥さん
 こっちの映画館は常磐街にあったような大きなんやなしに、こまーい(小さい)小屋がけみたいなん。古ーい映画が来ての。晩にまあ、仕事済んだらたまに行くんや。ネズミが這い回んりょった。映画観よったら走るんじゃ、バーっと(笑)。

 食堂は高商の辺にもよーけあった。喫茶や色々の。この辺は、色んなところが段々となしになっての。商店街やって、本屋は閉まる、パン屋も肉屋も全部閉まってしもたの。

ご主人
 それから、よっけは取らんけど栗林の駅もうどんしよったけんの。それと国鉄、あそこへはよーけ行っとった。
奥さん
 あの時代は朝早うの。泊まりがおるけん。まだ貨物があったし、ほんで線路やってあんな高架でなかった。下だったのに。
ご主人
 ものすごいあっこやって広かったで。日通もあっての。
奥さん
 今、あなんなってしもての。人おらんが。なんちゃ売れんよーになってしもた。
ご主人
 食堂は会社の中にもがいに(たくさん)あったけんの。どんなとこがあったかは、わっせてしもたけど。
営業当時、カブに大量のセイロを積んで配達に出かけるご主人。

営業当時、カブに大量のセイロを積んで配達に出かけるご主人。

奥さん
 ここら辺もよーけ行っきょったんで。予備校(高松予備校=後に高松市観光町に移転=の校内で出されていた「合格うどん」)も22年まで行っきょったん。それと済生会(済生会病院=平成16年に多肥上町に移転、跡地は穴吹のマンションに)。あっち(多肥上町)にも来てくれ言われたんやけどな、カブでセイロ積んで行っきょったけん、危ないでないん。ひっくり返ったら転ぶで。
ご主人
 八百屋でものー、よーけあったんじゃ。とにかくものすごい数行っきょった。
奥さん
 何百もなったら、いかんでー。いっぺんにカブに積めんやろ? 横付けで積んで、何べんも行っきょった。間に合わなんだら怒られるけんの。
ご主人
 ひどい時は、太田の方まで行っきょったで。あっちの方にも製麺所あるけど、うちに注文が来よった。うちのうどんの評判が良かったか悪かったかは知らんけどな。
奥さん
 ほんまにどっこもかしこも行っきょったわ。

うどんは会社の弁当代わりだった

奥さん
 そうそう、昼の食事。今こそ「弁当」いうて頼んだら3つでも4つでも来てくれるけど、その時代はまだそんなんなかったんや。ほんで食堂のないこんまい(小さい)事務所は皆、うどん取んりょったん。おうどん取って、事務所で作ったダシ入れて食べるんな。うどん玉を15やそこら、日に日にあたってくれる、そいなとこが4〜5軒あったけん、昼は忙しかったんや。戦争やけんの。ほんでこの人、朝起きんのや。
ご主人
 あの頃はのう…。
奥さん
 若いけん「眠たい」言うて起きんのや(笑)。
ご主人
 朝早いし。3時頃やの。
奥さん
 なんせ2人でしよったけん、間に合わん。昼過ぎたら卸先に「いらん」言われるけんの。どれだけセコいか。予備校や戦争やったで。生徒がよーけ湧いとったわい。とにかくえらい目したで。うちは卸しで、食べさす店とちゃうけん。ほだけんど家賃がいらんのと、人手も入れなんだんがの、大きもならんけど、まあやっては行けた。この人やって、色々病気しとるけんど、これしよったらな、寝込んでおれんので。毎日食べることやから休めんの。風邪引いても足引いてでも仕事したよ、うん。人雇っとらんけん代わりがおらんし、にわかに雇たって普段しとらんからよーせんのに。いやいや、私らの苦労した時代の話じゃわの。

お寺の振る舞いや法事の注文も受けていた

ご主人
 昔は法事にも持って行っきょったの。
奥さん
 昔はしよったけど、今やないで。
ご主人
 ほんでの、「大谷」の花屋の隣を入ったとこのお寺も行っきょった。
奥さん
 花屋の「大谷」て、今つぶれてないわ(笑)。昔はお寺で、節季(年の暮れ)によーけ信者集めて、おうどんや蕎麦や食べさせよったでないん。
ご主人
 そうや、蕎麦もしよった。
奥さん
 飛行場のちょっと手前に「川田」いうんがあるやろ。うちや、あそこの粉の生蕎麦は何十年も使いよった。
ご主人
 それと、中華ソバは持ってきてもろて売んりょったん。
奥さん
 生で取って茹でて、いるとこへうどんとソバ持って行く。昔の製麺所は色んな物を一緒に卸っしょったんで。今はもうソバいうたって「フタバ」しかおらんやろ。

後編に続きます

高松市

植田製麺所

うえだせいめんしょ

760-0073

高松市栗林町2-8-11

開業日 昭和20年代

閉店

現在の形態 製麺所

(2018年10月現在)

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