さぬきうどんのメニュー、風習、出来事の謎を追う さぬきうどんの謎を追え

vol.46 新聞で見る讃岐うどん

新聞で見る讃岐うどん<昭和63年(1988)>

(取材・文:  記事発掘:萬谷純哉)

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  • vol: 46
  • 2022.02.10

瀬戸大橋開通、そして平成の「讃岐うどん巡りブーム」の発端となる「怪しい製麺所型うどん店巡り」のコラムも登場

 「バブル景気(1986年~1991年)」の恩恵が企業や庶民生活にも明らかに実感され始めた1988年(昭和63年)4月10日、ついに瀬戸大橋が開通しました。併せて3月20日から8月31日まで「瀬戸大橋架橋記念博覧会」も開催され、香川県の観光客入込数は昭和62年の490万人から1035万人に激増(県観光協会のHPより)、空前の「瀬戸大橋ブーム」に沸き返った1年でした。

 そしてもう一つ、この年は、後に「讃岐うどん巡りブーム」を起こすことになる『月刊タウン情報かがわ』の編集部が「怪しい製麺所型うどん店巡り」の動きを始めた年でもあります。その小さな発端となるコラムも新聞にちょろっと出てきますが、まずは「瀬戸大橋ブームの中での讃岐うどん」に触れた記事から拾ってみましょう。

瀬戸大橋ブームと讃岐うどん

 四国新聞には瀬戸大橋博開幕以降、連日のように博覧会レポートや瀬戸大橋関連の記事が載っていましたが、「讃岐うどん」関連では5月の「一日一言」にこんな指摘が出ていました。

(5月29日)

コラム「一日一言」

 (前略)…瀬戸大橋フィーバーで県内の道路には県外車ナンバーがあふれ、観光地は人、人、人。県観光協会などの調べによると、大橋開通後、昨年同期に比べ栗林公園、屋島、琴平など約2倍の人出で賑わっているそうだ。「富士ヤマ、芸者ガール、瀬戸大橋」と外国特派員に紹介されるほど世界的観光資源になって「めでためでたの大橋さま」というわけだが、不協和音も目立ち始めた。

 その一つが、観光客と一部のあこぎな観光業者とのトラブル。「素うどん1杯で600円」、「コーヒー1杯で3000円」。この他、土産物の量目不足、異物混入など、観光客の苦情が相次いでいる。県では大橋開通を前にした3月、観光関連業者を集めて便乗値上げ防止などを盛り込んだ「観光宣言」を行ったが、「土産物、飲食店など組織化が遅れている業界への指導は徹底できない」(県観光振興課)のが実情のよう。…(以下略)

 「観光客のほとんどはリピーターにならない“一見さん”だから、取れる時に取っておこう」という、いわゆる「観光地単価」です。さらに今度は読者からも苦言が。

(6月6日)

連載ひろば/はがき一声「お国自慢」

●信号機の数よりうどん屋さんの方が多いとさえ言われますが、大橋人気に便乗して素うどん1杯600円という法外の値段で讃岐うどんのイメージを汚すことなど決してしないで、日本中の人々に「讃岐にうどんあり」と言ってもらえるように極力、多くの人に讃岐うどんを賞味して頂きたいと思います。(庵治町・TKさん・19歳)

 「観光地単価」は日本中、世界中どこにでもあるわけですが、度を超すと苦情も出てきます。ちなみに当時、「弘法大師がその昔、四国に住む悪いキツネを『鉄の橋が架かるまで帰ってくるな!』と言って追い払ったら鉄の橋(瀬戸大橋)が本当に架かってしまい、『これは悪いキツネが帰ってくるぞ!』と身構えていたら、観光客目当ての1杯900円の『悪いキツネうどん』が出た」というジョークもありました(笑)。

 さらにもう一つ、今度は旅館の対応にツアー添乗員の“捨てぜりふ”があったとか。

(7月10日)

コラム「一日一言」

 瀬戸大橋が開通してきょうで3カ月。夢の架け橋もいざ実現してみると、騒音問題、通行料金の割高感、観光ラッシュの中でのダーティーイメージなど”不協和音”が相次いでいる。以前、大橋ブームに便乗した600円うどん、2000円コーヒーなど悪徳業者”阿漕(あこぎ) ぶり”に触れたが、今回は吝嗇 (りんしょく)、つまり”けち”の話を。

 県内のある旅館。団体客の添乗員の夕食には、お礼をこめて規定のおかずに一品添えるのを恒例としていたそうだが、大橋開通後、予約を断るのに四苦八苦のウハウハぶりからつい、この一品サービスを取りやめた。さて、一品減らされたかの添乗員殿。”食べ物の恨み”とはこのこと。旅館側のちょっとしたミスにも難くせつけ放題。最後は「覚えておけよ」の捨てぜりふ。「ロコミは恐ろしいですからね」 と旅館経営者。この一件以来、一品サービスを元に戻したという。…(以下略)

 5月29日の「一日一言」に「コーヒー1杯で3000円」と書いていたのにここでは「2000円コーヒー」となっていてちょっと信用ならないコラムですが(笑)、程度の悪い添乗員まで出てきて、とりあえず瀬戸大橋ブームであちこちがてんやわんやであることだけは間違いないようです。「口コミは恐ろしい」と言いながら、ネットもSNSもないこの時代は「マスコミにリークされて、それがこうやって掲載される方が恐ろしい」とも言えますが(笑)。

 さて、そうこうしているうちに博覧会も終わり、10月に瀬戸大橋開通後半年の概況がまとめられていました。

(10月10日)

「何を変えたか 長大橋の潮流 開通半年」
観光フィーバー 広域化で人出も倍増 サービス面の見直し必要

 「神風が吹きましたよ。それも超特大のがね」。瀬戸大橋開通で四国の観光地は人であふれ、押すな押すなの大盛況。中でも琴平、栗林公園などの主要観光地や宿泊施設は「連日正月並みの人出」とホクホク顔。

過去最高の記録

 4~9月の県内各地の観光客は前年同期の2倍前後と好調。四国運輸局ではピークだった48年(605万7000人)を追い越し、800万人に跳ね上がると予想。四国全体でも過去最高の2700万人になると見ている。大橋開通で観光が広域化し、大橋の時間短縮効果が観光客から注目を集めている。

 栗林公園で30人以上の団体客を調べると、4~8月に中部地方から前年同期8.8倍の13万2200人が入園。これまで圧倒的に多かった近畿地方の4.15倍、10万6400人と順位が逆転するなど、遠くから香川観光に来るようになった。

 もうひとつ観光面での大橋のメリットは、濃霧や強風で欠航する船や航空機に比べ、発着時間が確実になったこと。「旅行団体がスケジュール通り観光ができるようになり、四国観光にとっては大きなプラスになった」と、どの旅行会社も高く評価する。ただ、この観光フィーバーは主要観光地に限られていたようで、知名度の低い所はいまひとつ振るわない。…(以下略)

サービス面は

 全体的には順調だった県内観光だが、受け入れのソフト面ではどうだったか。「うどんが高すぎる」「駐車場の強引な客引きにうんざりした」「ホテルを予約していたのにたらい回しをされた」などの苦情が県や市町に相次いだ他、新聞社にも連日のように投書があった。

 県観光振興課は、苦情のあるたびに職員を派遣して極秘に調査した。「800円の素うどんがあるという苦情で調べましたが、該当の店はなく、全体的に値段表示が見えにくかったりするなどして客に誤解されたケースが多かったようです。ただ、ホテルのたらい回しが確認され、経営者を厳しく指導しました」と中村靖県観光振興課長。今後も手を緩めずサービス向上の指導に全力を挙げる。…(以下略)

 まず、「観光客が前年の2倍ぐらいに増えている」という報告。冒頭で紹介したように、後の県観光協会の発表でも「年間490万人から1035万人に増えた(前年比約2.1倍)」となっています。

 次に、「800円の素うどんがある」という苦情に対し県観光振興課が極秘調査した結果、「800円の素うどん」は見つからなかったとのこと。記事や投書で指摘されていたのは「600円の素うどん」ですが、これは別件でしょうか。ちなみに、筆者は当時、噂を聞いてスタッフと調査に行って、橋のお膝元の坂出市で「600円のかけうどん」を出す店を発見しておりますので、(県民にとって)法外な値段のうどん店は間違いなく存在していました。あと、その店は「釜あげうどん(900円)」と称して明らかに作り置き麺を湯で温め直した「湯だめうどん」を出してきて、私の仲間が「これ、湯だめじゃないですか?」と質問したら「いえ、釜あげです」と言い張られたことも付記しておきます(笑)。

「かな泉」と「さぬき麺業」が“瀬戸大橋時代の讃岐うどん”を語る

 
 一方、大橋ブームを背景に四国新聞で「瀬戸大橋時代を生きる」という企業紹介の連載があり、うどん業界からは「かな泉」と「さぬき麺業」が取り上げられていました。まずは、当時の讃岐うどん業界最大手の「かな泉」の紹介記事から。

(2月29日)

連載「瀬戸大橋時代を生きる」…かな泉
全国目指し第一歩 飛躍のチャンス架橋博

 (前略)…瀬戸大橋時代を迎え、いち早く対岸の岡山県にアタックしたのが「かな泉」。海を越えた記念すべき第1号店は、倉敷市の美観地区にある倉敷店。大原美術館の生みの親・故大原総一郎氏の親類に当たる大原一郎氏が所有していた民家を借り受け、改装した。同地区は、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けているため、外観はさわれないが、内部は全面改装した。同屋敷は200年の歴史を誇っており、日本庭園などは超一流。それらをうまく生かした奥座敷など、見事に京風の格調ある店舗によみがえった。その“変身”は鮮やかで同地区でも際立っており、専門誌で紹介されるほど。

 瀬戸大橋開通をにらんだ同店は昨年3月オープン。店長は松山店から抜てきされた高口健雄さん(39)。「観光地独特の難しさがある。観光シーズンに合わせ、客が増えたり減ったりする。いかにオフシーズンに客をつかまえるかである」と闘志を見せる高口店長。「“外様”に対する風当たりはきついんですよ」と言いながらも顧客づくりにあの手この手。「観光客はもちろんだが、地元のお客さんをいかにして呼べるかがカギ。それには地域に密着した店づくりを目指している」と語る泉川隆亮社長(63)。ダイレクトメールの発送、企業への呼びかけの他、岡山県観光協会が母体になった「岡山郷土料理店会」への加盟準備を進めており、“地元”に溶け込もうと懸命だ。

 併せて、メニューの開発にも頭をひねっている。OLやサラリーマンらを対象にしたうどん付きの定食500~600円のほか、豪華会席料理8000円、松花堂弁当3000円などバラエティーに富んでいる。中でもヒット商品は、ママカリなど備讃でとれた魚介類を具にしたチラシ寿司と讃岐うどんをセットにした「まつりずし定食」。値段も1200円と手ごろで観光客らに好評だ。また、宴会用に鍋物や一品料理を用意している他、桃太郎の伝説にちなみ「キジ料理」なども検討中。泉川社長は「とにかく本土へ渡った最初の店。情熱を込めて全力投球したい。その成果を見ながら今後の店舗展開を展望したい」とやる気十分。

 讃岐うどんのルーツは「弘法大師が中国から持ち帰った」との説があるほど伝統がある。架橋博でも全国の観光客が口にするであろう“庶民の味”でもある。今のところ、博覧会関係では3社4店舗が出店を計画。「かな泉」は、そのうち2店舗を出す。「全国向けのメニュー、プライスに頭を悩ましている」と語る泉川社長。その根幹には、先輩たちが長年培ってきた“讃岐うどんの信用”があるという。「最終的には、お客さんに満足してもらうのが目標である」というのもうなずける。それと、同店が力を入れているのは、うどんを中心にした土産物の販売。「博覧会で買ったという印を残すため、架橋博のシンボルマークやキャラクターを存分に利用していきたい」と知恵を絞っている。架橋博に2店舗を出すとなると、人材確保が重要なポイントを占める。「飲食店舗は機械化できない。キメ細かなサービスは人に頼るほかない。フルタイム体制をとるためには相当な人材が必要。“引き抜き合戦”があるほどですよ」と苦笑いする泉川社長。

 瀬戸大橋が開通すると、観光客の大幅な入り込みが予想される。生麺業界では、観光バスなどが駐車できる800~1000席規模の大型郊外店を出店する動きもある。泉川社長は「讃岐うどんは“できたて”を提供するのが基本。そのシステムを考えないと、讃岐うどんのイメージを損なうことにもなりかねない。業界を挙げてノウハウを出し合う必要がある」と強調する。セルフ店から始まり、郊外店、土産物用うどんと、絶えず業界をリードしてきた泉川社長の夢は、マカロニが世界を制したように、うどんを世界中に普及させること。「架橋博は、うどん業界の将来に展望を開いてくれそう。そういう意味でも、決して手抜きは許されない。日本の中の讃岐うどんになるためにも、今こそ絶好のチャンスである」と、こぶしを握りしめた。“手打ち”の妙に期待したい。

 倉敷美観地区への出店を中心に、バブル絶好調時の「かな泉」の現状と展望が紹介されていますが、記事の後段にある「セルフ店から始まり、郊外店、土産物用うどんと、絶えず業界をリードしてきた」という1行が、讃岐うどん界における「かな泉」の存在意義を端的に表しています。加えて、記事中段にあるミドルエンドユーザーからハイエンドユーザー向けの高額の豪華メニューにも注目。バブル崩壊以降、何かと「早い、安い」が謳われてきた讃岐うどんですが、今日、讃岐うどんブームを受けてミドルエンドユーザー志向のメニューが復活しつつあるのを見ると、「かな泉」の閉店が改めて惜しまれます。

 続いて、「さぬき麺業」の紹介記事です。

(10月24日)

連載「瀬戸大橋時代を生きる」…さぬき麺業
大型店成功で自信 新空港ビルにも進出計画

 (前略)…県下のうどん屋は、大小を含めると「石を投げたらうどん屋に当たる」と例えられるほど、その数は多い。一説では、3000軒とも5000軒ともいわれ、実数をつかめないのが現状だ。当然、瀬戸大橋開通を見越しての新・増築合戦は壮烈だった。この”戦い”に、いち早く加わったのが「さぬき麺業」。橋が開通する2日前の4月8日、宇多津町の丸亀バイパス坂出インターの南側に大型郊外店をオープンさせた。店舗面積2000平方メートル、駐車場2000平方メートルという規模。客席350席、駐車場は大型バス10台、乗用車100台が収容できるスケールの大きさ。

 「投資(約2億円)も膨大だったが、訪れるお客さんもケタ違い。多い時は2000人入った。最低ラインを月商1500万円に置いていたが、2000万円を達成できた。それにしても瀬戸大橋の威力は想像以上だった」と語る香川政義社長(67)。思惑通りの実績に声も弾む。もちろん、同社では「瀬戸大橋博’88四国」の会場にも出店したが、宇多津店に勝るとも劣らぬ売り上げを記録。「博覧会場でも与島でも土産物を入れると”もうけ頭”はうどん屋ですよ」と香川社長。

 これらのノウハウを生かし、同社は新高松空港ビルに直営店を出す。同ビルには同業者が3店入るが、香川社長は「いい意味での競争につながる。”うどん王国”に恥じないサービスを提供しますよ」と自信たっぷり。また、同社は来年4月、満濃町の国道32号沿いの丘陵地にオープン予定の北前船を再現した日本食中心のレジャー施設にもテナントで参画する。

 たて続けの店舗展開。さぞかし人材確保に苦労しているのではと質問を向けると、香川社長からは明快な言葉が返ってきた。「今年、宇多津店と博覧会で50人従業員を増やしたが、中心になる10人余は、あらかじめ育てていた。博覧会場で採用した20人は、今後は新空港と満濃町で活躍してもらう。企業は現状維持だと後退につながる。絶えず前に向いていれば、人は自然と集まってくるものだ」と至って論理的。

 昭和元年創業の父親菊次さんの跡を継ぎ、うどん屋としては二代目。39年に「さぬき麺業」を設立したが、しばらくは苦難の道。「倒産寸前のピンチに追い込まれたこともある」というが、こんな時、起死回生となったのが45年の大阪万国博の開催。東京の有名すし店から依頼され、讃岐うどんとすしをセットにした”定食”を出したのが売れに売れた。そして、今年の瀬戸大橋開通に伴う宇多津店や架橋博での直営店での成功。時流に乗る強運を持ち合わせているのかもしれない。

 同社は、地方発送の草分け的な存在でもあり、乾燥うどんや生うどんなどの開発を早くから手がけ、堅実な実績を誇っている。最近では、讃岐うどんの生命である”腰”を生かした「純生うどん」を売り出し、ヒット作になりつつある。瀬戸大橋景気を見込んでの同業者は相変わらず増えており、「過当競争になるのでは?」とたずねると、香川社長は「確かに橋の恩恵もあり、業者は増えているが、決してむちゃな競争はない。うどん業界はがっちりしていますよ」と自信をのぞかせる。一部、県外大手の進出が取りざたされているのに対しては「そんなのを通用させるほど讃岐うどんの基盤は弱くない。しかし、受け身になってはいられない。これからは、対岸の岡山や阪神地方への進出を考える時期だ」と”攻撃は最大の防御”を強調する。今年の「第10回県さぬきうどん品評会」では、懸案だった最高の農林水産大臣賞を受賞。”味で勝負”は、香川社長の終始一貫した姿勢。「うまいうどんを作れ」が口癖で、絶えず職人のシリをたたく。万国博が「ホップ・ステップ・ジャンプ」のホップとすれば、瀬戸大橋博は「ステップ」の年。さらに「ジャンプ」に向けての飛躍が楽しみだ。

 「県下のうどん屋は3000軒とも5000軒ともいわれ…」という数字がまだ出てきますが(笑)、大橋ブームに乗って「さぬき麺業」も大型の宇多津店オープンをはじめ、博覧会場への出店から空港や「こんぴら丸」へのテナント出店と、出店ラッシュが続いているようです。ちなみに、この2つの紹介記事から、博覧会会場には讃岐うどん店が4店舗出店していて、そのうち「かな泉」が2店舗、「さぬき麺業」が1店舗だったことがわかりますが、あともう1店舗は「川福」で(「開業ヒストリー・うどん棒」参照)、この3店が当時の代表的な大手うどん店だったようです。

新商品、新サービスの話題が2本

 では、この年の新聞に載った「讃岐うどん業界のビジネスの動き」に関する記事を、まとめて紹介します。まずは、日本経済新聞に載っていた「郷屋敷」の宅配サービス開始の記事から。

(1月24日)日本経済新聞

郷屋敷、航空便使い「うどんすき」宅配 どこでも2日で

 さぬき料理店の郷屋敷は、全日空の子会社、エー・エヌ・エーホテルフーズと組んで讃岐名物の生うどんを使った「うどんすきセット」と「うどんセット」の宅配サービスを始めた。料亭の味を家庭で楽しんでもらおうという狙いで、全日空の航空貨物ルートと宅配便を使って、全国どこへでも注文を受けてから2日で届けるという。「讃岐うどんセット」は生うどんの他、瀬戸内で獲れたタイ、エビ、紋甲イカ、ホタテガイなど魚介類や、白菜、シイタケ、ネギなどの野菜、たれ、薬味などの材料が一式発泡スチロール製の容器にパックされており、3~4人用で1万1000円(送料込み)。また「生うどんセット」は生うどんの他、だし、ネギ、ショウガなどが入っており、6人用で5000円(同)。両セットとも月間3000食の販売を計画している。

 「かな泉」以上にハイエンドユーザーターゲットの「郷屋敷」が、全日空グループの会社とタイアップして、さすがの内容と価格の「讃岐うどんセット」の宅配サービスを計画していました。

 続いて、「酵素入りうどん」が登場。

(9月4日)

ギフト用狙い目に「酵素入りうどん」商品化(高松の業者)

 讃岐うどんに”個性派”が登場。瀬戸大橋観光の土産用として人気の高いうどんだが、高松市内の業者がこのほど、酵素入りうどんを商品化した。健康食品として注目されている酵素を配合段階で加えたもので、ギフト用として産地直送を主体に需要を伸ばしている。酵素入りうどんを開発したのは、高松市宮脇町の酵素食品(江崎完治社長)。うまみを損なわず、無添加で高品質の生うどんづくりを検討する中、酵素の有効性に着目。今年の「さぬきうどん品評会」で食糧庁長官賞を受賞した吉本食品(本社・大内町)の協力を得て、2月から商品化に向けての研究を重ねた。

 使用している酵素は、大高酵素(本社・北海道)製の食品酵素「ふげん」。科学技術庁長官賞を受賞した粉末酵素で、調味料などにも使われている。配合率などは明らかにされていないが、同社は「酵素を加えることで麺の熟成が早まるなどの特性がある」としている。商品化に当たっては防腐剤などを一切使わず、完全な無添加食品。このため、保証期間は夏季で20日、冬季で30日と従来の土産用うどんに比べて短期間。標準小売価格は、進物用で1箱1000円(600グラム入り)から5000円(3キロ入り)まで4種類。同社の山内等営業部長は「付加価値の高い商品だけに、今後は法人関係の中元、歳暮商品としてアプローチするとともに、健康食品コーナーなどで販路を拡大。讃岐うどんの名声を全国に広めたい」としている。

 高松市の「酵素食品」が大内町の「吉本食品」の協力を得て「酵素入りうどん」を開発、商品化しました。「酵素入り」とか「ビタミン入り」「食物繊維入り」、あるいは種々の食材の練り込み系といったアレンジ商品はこれまでいくつも開発されてきましたが、いずれも残念ながらいずれも大ヒットにまでには至っていないものの、自由競争下の民間ビジネスならではの飽くなきチャレンジです。

「讃岐海苑こんぴら丸」の建設計画が発表される

 こんぴらさんの手前の旧の国道32号線沿いに突如現れる巨大な北前船型の観光施設、「讃岐海苑・こんぴら丸」の建設計画が始まりました。

(10月22日)日本経済新聞

北前船を復元、レストランに(昭和興産)

 スポーツ、レジャー施設の昭和興産(本社高松市、社長村上明弘氏)は来年4月から、瀬戸大橋たもとの満濃町で船上レストラン中心の観光事業に乗り出す。広さ700平方メートルの人工池を造成し、江戸時代の北前船を復元した「こんぴら丸」を浮かべて、船内で讃岐うどんなどの特産品や瀬戸大橋の眺望を楽しんでもらう。こんぴらさんへの参拝客などを対象に、年間約100万人の乗客を見込んでいる。

 観光施設の名称は「讃岐海苑こんぴら丸」。瀬戸大橋から南へ約10キロの地点に1万9000平方メートルの敷地を確保。中央に人工滝や日本庭園を配する。人工池には江戸期に瀬戸内海と北海道を行き来した松前船「こんぴら丸」を復元する。10月末から工事に入り、来年3月に完成する運び。設備投資額は約10億円。

 1988年10月に工事を始め、1990年3月に完成という、まさにバブルが最高潮に向かう時期のバブリーな観光施設。1階は讃岐うどんを中心にした広大な和食店で、2階は四国の物産を販売する店が並び、屋上は遊戯施設とイベントスペースになっていましたが、残念ながら閉店しました。

「明星食品」と「タカラブネ」が讃岐うどんのフランチャイズ展開を計画

 一方、日本経済新聞には県外企業の「讃岐うどんフランチャイズ展開」の記事が2本も見つかりました。まずは、何と、洋菓子の「タカラブネ」が讃岐うどん店のチェーン展開に乗り出すという記事。

(6月5日)日本経済新聞

タカラブネ、多角化にも意欲

 (前略)…近畿が地盤の洋生菓子、和菓子が主力の中堅菓子メーカー「タカラブネ」は、フランチャイズ方式でチェーン展開することで業績を拡大してきた。…(中略)…多角化にも意欲的だ。米ホールマークと提携し、インテリア販売子会社を4月に設立。10月に第1号店を東京・下北沢に開店する。秋には讃岐うどん店のチェーン展開も始める。5年後にグループ全体の売上高を1000億円に高めることが目標で、そのうち200億円を多角化部門で稼ぎ出す計画だ。…(以下略)

 残念ながら記事からは「讃岐うどんチェーン店」の店名もスタイルもわかりませんが、いずれにしろ「タカラブネ」が「『讃岐うどん』という名前はマーケティングにプラスになる」と考えていたようです。

 続いて、「明星食品」が讃岐うどん事業を展開するという記事。

(7月31日)日本経済新聞

明星食品、外食事業を強化 10月までに3子会社設立

 明星食品は和食レストラン、うどん店などを本格展開するため、外食関連の子会社を10月までに3社設立する。即席麺の需要停滞に対応し、多角化の柱として外食関連事業を拡大する。新設するのは「民芸茶屋」「さぬき民芸」「デリカ食品」の3社。いずれも本社は東京に置き、資本金は3000万円とする。

 8月5日に設立する「民芸茶屋」は、和食を売り物にするファミリーレストランを経営する。1号店は8月6日、東京都東久留米市に開店する。10月設立の「さぬき民芸」は、冷凍の手打ち讃岐うどんを使ったうどん店を経営する。1号店は10月、東京都八王子市に開店する予定。フランチャイズ方式を取り入れて多店舗展開を進めていく。…(中略)…現在、同社の外食事業は子会社の明星外食事業を通じて「味の民芸」といううどん店をチェーン展開している。…(以下略)

 記事によると、明星食品はすでに子会社を通じて「味の民芸」といううどんのチェーン店を展開していたようです。このたびの「さぬき民芸」が「味の民芸」とは別に2つ目のチェーン店として始めるのか、「味の民芸」をやめて「さぬき民芸」に一本化したのか、そのあたりは記事からはわかりませんが、「味の民芸」は「うどん店チェーン」とあり、「さぬき民芸」は「讃岐うどんチェーン」という位置づけのようなので、明星食品も「讃岐うどんは商売になる」と判断したみたいです。ただ、「冷凍うどん」のチェーン店だそうですから、ちょっと「讃岐うどんチェーン」と名乗られるのもどうかなあ…と思いますが、何だかこの頃、プチ「讃岐うどんチェーン展開ブーム」が起こっていたみたいです。

 ではここから、県内のうどん関連イベントの動きを。

うどんの「早食い(大食い)大会」が3カ所で開催される

 丸亀お城まつりの恒例イベントとなっていた「さぬきうどん早食い大会」が、この年は白鳥町の「手袋百年祭」と高松市の「高松まつり」でも開催され、うどん早食い(大食い)の花盛りの年となりました。

 まずは、白鳥町で5月に開催される手袋百年祭「ハンドピア’88」の案内記事の中に出てきた「うどん大食い大会」から。

(1月5日)

白鳥町を主会場に「手袋百年祭」

 手袋生誕百周年を祝う手袋百年祭「ハンドピア’88」が5月28、29の両日、白鳥町の町総合会館を主会場に開催される。…(中略)…白鳥町は県下の手袋産業発祥の地。同町出身の両児舜礼(ふたご・しゅんれい)が明治22年(1889年)、大阪で手袋製造を始めたのが手袋の始まりとされ、後に両児から製造技術を教わった棚次辰吉がその種を白鳥町へ持ち帰り、小さな芽を育てた。…(中略)…

 28日午前8時半から白鳥神社裏の両児舜礼師碑前で業界先覚者の慰霊祭を行ったあと、白鳥町総合会館前お祭り広場で記念式典。業界功労者の表彰に続いて地元三町の児童による鼓笛隊パレード、色とりどりの風船、ハトを大空高く放ってイベントの幕を開ける。…(中略)…

 この他、徳島県土成町のたらいうどん業者に協力を呼び掛けてのうどん大食い大会、手袋やソックスカバーなど地場産品を織り交ぜたお祝いのもち投げ大会、さらにスポーツ関係ではグループ対抗の長なわとび、ボウリング大会、記念ゴルフコンペ、少年野球大会、剣道・柔道・銃剣術大会、各種物産市、模擬店、バザーなど多彩なプログラムを予定している。

 白鳥町の「うどん大食い大会」の協力業者は、讃岐うどんの店ではなく、徳島県土成町の「たらいうどん」の店でした。昭和30年代の新聞記事に「東讃は讃岐うどん文化が“薄い”」という話が出てきましたが、白鳥町には昭和63年時点でも「うどん大食いイベント」を賄えるような店がなかったのか、あるいは白鳥町では徳島土成の「たらいうどん」との関わりが強かったのか、何か事情があったのかもしれません。

 続いて、恒例の丸亀お城まつりの「さぬきうどん早ぐい競争日本一決定戦」は第5回を迎えました。

(5月13日)

うどん早ぐい競争 胃袋の限界に挑戦

 讃岐ならではの豪快なイベント「第5回さぬきうどん早ぐい競争日本一決定戦」は15日正午から丸亀市民ひろばで。露の新次さんの軽妙な司会にのって大人50人、小学生30人が胃袋と精神力の限界に挑む。大会は3分間1本勝負。ちなみにこれまでの大会の最高記録は、大人が14杯、小学生が6.3杯。さてこの記録を破る胃袋自慢が現れるかどうか、興味は募るばかり。飛び入り参加も受け付ける。

 そしてこの年、「高松まつり」でも「うどん早食い大会」が始まりました。

(7月6日)

高松まつり開催要領決まる うどんの早食い競争も

 真夏の讃岐路を彩る「第24回高松まつり」の開催要項が5日、高松市役所で開かれた高松まつり運営委員会で決まった。日程は例年通り、8月12日から3日間。花火大会が従来の2倍以上の規模となり、夜空を染めるのが見どころ。この他、納涼プラザやフィナーレの総おどりなど、瀬戸大橋開通の年にふさわしい多彩なイベントが目白押し。…(中略)…まつりを盛り上げるのは、中央公園での「納涼プラザ」。初日はソウル五輪の民間親善大使キム・ヨンジャが得意のノドを聞かせる。2日目はムーンライトブライダルショー、第1回全日本さぬきうどん早食い選手権大会などの他、サンバに乗ってブラジル娘が「リオのカーニバル」を再現する。…(以下略)

S63年広告・高松まつり

 記事には「第1回全日本さぬきうどん早食い選手権大会」という壮大なタイトルが書かれていますが、主催者が出した新聞広告には「さぬきうどん早ぐい選手権大会」としか書かれていませんでした。記者が勢い余って勝手に大仰に書いたとは思えないので、最初は丸亀の「日本一決定戦」に負けじと「全日本」を付けて記者発表したけど、さすがにやりすぎだと思って変更したのかもしれません(笑)。ちなみに、先の白鳥町の「うどん大食い大会」は百年祭の単発イベントでしたが、高松まつりの「うどん大食い大会」はここから毎年の恒例イベントになる予定。ここからしばらく、県下の「うどん早食い大会」は5月の丸亀お城まつりと8月の高松まつりの2つになります。

第7回「さぬきうどんまつり」と第8回「さぬきうどんラリー」も例年通り開催

 「さぬきうどんまつり」と「さぬきうどんラリー」も、例年通り開催されました。

S63年広告・さぬきうどんの日

 催し物の内容については特に変わりはなく、「讃岐うどんまつり」という大きなくくりの催しの中で例年通り「さぬきうどんラリー」「献麺式(中野天満宮」「讃岐うどんチャリティー接待(県下5地域)」の3本立てで行われましたが、チャリティー接待の記事中に、またこんなのが。

(7月3日)

半夏生で街頭PR 1000食も1時間 三越高松店前でうどん無料接待(県生麺協組)

(前略)…献麺式は高松市番町の中野天満宮で行われ、鳥塚理事長らが打ちたてのうどんを、かつて讃岐うどんのPRに貢献した祭神、菅原道真公にささげ、業界の発展を祈願した。続いて正午前から三越高松店前で冷やしうどんを無料接待。土曜の昼時とあって勤め帰りの会社員やOL、買い物客らが詰めかけ、用意した1000食分は1時間ほどでなくなった。…(以下略)

 「菅原道真が讃岐うどんのPRに貢献した」という記述が再び登場しました。新聞に初めて出てきたのは昭和61年の同じ「さぬきうどんの日」の記事中ですが(「昭和61年」参照)、いずれも何の説明もなく、唐突に「かつてうどんのPRに貢献した祭神、菅原道真公」とだけ書かれていて、新聞で見る限り、根拠は謎です。

S63年広告・さぬきうどんラリー1

S63年広告・さぬきうどんラリー2

S63年広告・さぬきうどんラリー3

 「さぬきうどんの日」の告知広告の中では「県下のうどん店60店で実施」と書かれていますが、協賛広告に出ているのは40店(社)だけです。

飯山町の「ドジョウ汁日本一大会」も3年目

 飯山町の「おじょもまつり」で行われている「ドジョウ汁日本一大会」も3回目を迎え、出場者募集の記事が出ていました。

(6月10日)

ドジョウ汁大会出場チーム募集(飯山町)

 一風変わった町おこしのイベントとして人気上昇中の飯山町の“おじょもまつり”(同町地域振興イベント事業実行委員会主催)が今年も8月6、7の両日、同町の土器川河川敷公園で開かれるが、同まつりの呼びものの「ドジョウ汁日本一大会」の出場チームの募集が始まった。

 「ドジョウ汁日本一大会」は中讃地方の農家に古くから伝わる夏バテ防止のスタミナ料理として知られるドジョウ汁を直径が1メートル余りもある大鍋を使って味よく炊き上げる腕を競うもの。今年も15チームを受け付ける。参加資格は町内外を問わずドジョウ汁がうまく作れる人たち。1チームは7~8人程度で、ドジョウ、うどん、大鍋(30人分程度炊き)コンロ、その他の材料などは参加者で用意する。…(以下略)

観音寺JCが「讃岐うどんラリー」を開催

 続いて、観音寺青年会議所(JC)が恒例の「三豊デー」というイベントの一環で、地域のうどん店40店を巡る「みとよ うどん めぐり」という讃岐うどんラリーを開催しました。

(6月16日)

うどんで古里活性化 三豊地域の40店ラリー(観音寺JC)

 観音寺青年会議所(吉良直人理事長)は三豊地域活性化の一環として観音寺・三豊地区の手打ちうどん40店の協賛参加で豪華賞品が当たる「みとよ うどん めぐり」を実施しており、うどん好きの人たちからユニークな行事と評判も上々。40店うどんめぐりは「第5回三豊デー」が催される8月21日まで実施され、全店賞味者には抽選などで29インチ大型テレビなどの賞品が贈られる。

 対象のうどん店は、観音寺市内の20店はじめ郡内各9町も最低1店は組み入れ、全40店を回れば1市9町に足跡をとどめるよう工夫されている。店頭には黄色の「みとよ うどん めぐり参加店」ののぼりを掲げて目印にしており、店内には全店を紹介する名簿つきイラストマップが書かれたスタンプ紙を常備、賞味した店で順次特定のスタンプを押してもらう。

 この企画は、古里の味“うどん”を見直してもらうことと、広域イベントで消費者の環流を促し各地域の活性化を図るのが狙い。期間中に全40店、または最多店めぐりをした人たちを対象に抽選で1等が大型テレビ、2等ビデオ、3等洗濯機など6等まで各1点の割で賞品を贈る。また同じ店で10回うどんを食べた人にも抽選で大食賞が当たる。…(以下略)

 四国新聞の「さぬきうどんラリー」は全県から40~60店ですが、こちらは三豊・観音寺で40店。平成10年頃の筆者の調査データから推測すると、当時の三豊・観音寺エリアのうどん店は60店前後だと思われますから、エリア内のそれなりのうどん店がほとんど参加しているという、なかなかの密度の「うどんラリー」です。

「さぬきうどん品評会」も例年通り開催

 続いて、恒例の「さぬきうどん品評会」も例年通り行われました。結果と協賛広告は以下の通り。

(5月20日)

さぬきうどん品評会、入賞31点決まる 味、香りなどを審査

 第10回さぬきうどん品評会(県、県製麺事業協組共催)が19日、高松市の讃岐会館で開かれ、農林水産大臣賞にさぬき麺業(高松市、香川政義代表)など入賞31点が決まった。うどんの本場で品評会も10回目を迎え、地区審査を経たうどんは昨年にも増して品質がアップしており、審査員からは「いずれも優劣つけがたいできばえ」との評があった。今回は地区審査で、84事業所から昨年より7点多い110点が出品され、これをパスした42事業所の49点について食感、香味、外観、光沢などを審査した。…(以下略)

S63年広告・さぬきうどん品評会

 お気づきの方もいらっしゃると思いますが、これまで新聞で確認された「さぬきうどん品評会」の受賞者(社・店)の中には、当時の讃岐うどん界を牽引し多くの職人を輩出した「かな泉」の名前が全く出てきません。また、「川福」をはじめ新聞広告によく出てくる人気店の多くも出てきませんし、後の讃岐うどん巡りブームで“名人”と称される大将たち(もちろん当時から現役バリバリでした)の名前も出てきません。そんな“名人”たちが毎年応募して毎年選考から落ちているとは思えませんので(笑)、おそらく何らかの理由で品評会に参加していないのではないかと思われますが、記事に「84事業所から110点が出品され」とあるように、この「さぬきうどん品評会」は県の商業統計では600軒、新聞記者や識者間では3000軒以上ある(笑)うどん店のうちのわずか80数店が対象のようですから、参加していない店の方が圧倒的に多いということです。

学校給食とさぬきうどん

 昭和58年度から始まった「郷土食を生かした学校給食」がこの年も県下全市町で行われ、あちこちの小中学校の給食や体験学習で「さぬきうどん」が登場しました。とりあえず、掲載されたものだけを列挙しておきます。

(1月23日)

学校給食に郷土料理を 25日から県下全市町で実施 うどん、しょうゆ豆、てっぱい…「讃岐の味」がズラリ

 学校給食に讃岐のさまざまな伝統料理が登場する「郷土食を生かした学校給食」が、今年も学校給食週間に合わせ、25日から県下の全市町で実施される。メニューに上ることが少なくなった伝統の“讃岐の味”は、各家庭の食卓で格好の話題となりそう。

 学校給食は22年1月から始まり、これを記念して毎年1月24日から1週間が学校給食週間と定められた。文部省は58年度からこの学校給食に郷土食の導入を提唱しており、県下でも全国学校栄養士協議会県支部(植田佐恵子支部長)の呼びかけで各市町教委が実施する。今年は同週間の25~29日に実施されることになっており、全市町の参加は今年が6回目。

 登場する主なメニューをみると、“讃岐うどん”の本場だけに、うどん類は14市町で実施。しっぽくうどん(高松市、大川町、琴平町など)やうちこみうどん(綾上町、豊中町)が登場する。讃岐独特の「しょうゆ豆」は14市町で実施。「いりこめし」は15市町。この他、まんばのけんちゃん(高松市、津田町など)、てっぱい(綾南町、国分寺町など)、かきまぜずし(綾歌町、牟礼町など)など、郷土料理として必ず名の挙がるメニューが勢ぞろい。特産品を生かしたかいぞくめし(土庄町)、オリーブ入り麦わりごはん(池田町)なども登場する。

 「メニューに上がることが少なくなった伝統の讃岐の味」とあるように、この「郷土食を生かした学校給食」が始まった昭和50年代後半あたりにはすでに、「地域の伝統食」は全国的に“保存の対象”的な存在になっていたことが窺えます。

 続いて、小学生の「うどん作り体験」を3本。

(2月1日)

手打ちうどんに挑戦 全校生で給食に(筆岡小6年生)

 善通寺市の筆岡小学校(亀井宗正校長、児童352人)は28日午前10時半から「ふる里の味、打ち込みうどんづくり教室」を開き、6年生57人が初めての手打ちうどんづくりに挑戦しました。この日の教室では、増田栄作市学校給食センター所長の指導で、6年生が小麦粉25キロを使って慣れない手付きで小麦粉を練ったり、麺棒で伸ばすなどして手打ちうどんづくりに取り組み、大釜でおいしそうな打ち込みうどんを給食時間に間に合うように作りあげました。全校生は体が温まる打ち込みうどんをおなかいっぱい食べ「ふる里の味」を味わっていました。…(以下略)

(2月8日)

児童たち四苦八苦 本職招きうどん作り学ぶ(城西小)

 「郷土料理に挑戦」と、丸亀市の城西小学校(田中光雄校長、724人)で7日、親子うどん作り教室が開かれ、5、6年生が本職のうどん屋さんから麺作りの「ノウハウ」を学んだ。…(中略)…うどん作りには5、6年生児童244人と父母が参加、地域のうどん屋さんらを講師に招き、体育館などで1人100グラムの小麦粉を練り、延ばし、打ち上げるまでの工程に挑戦した。子供たちは、事前に作り方を勉強していたとはいえ、持ち慣れない麺棒の扱いに四苦八苦だった。

(2月15日)

手打ちうどんに挑戦 お年寄りの指導受け(善通寺中央小)

 善通寺市文京町、中央小学校(岡野啓校長、児童588人)の6年生117人がこのほど、同校調理室で「手打ちうどん作り教室」を開きました。児童たちは中央長寿会(入江幸三会長、会員65人)の12人のお年寄りから指導を受けながら、36キロの小麦粉を使って生地を麺棒で延ばしたり、包丁で切ったり、大釜でゆで揚げるなど、慣れない手つきで大奮戦。初めての挑戦とは言うものの、まずまずの出来栄えでお年寄りと一緒にうどん昼食を楽しみました。…(以下略)

 そして「学校給食週間」を受けて、四国新聞の社説で「学校教育に郷土料理を」という提言がありました。

(2月19日)

社説/学校給食と郷土食文化

 …(前略)…1月24日からの1週間は「学校給食週間」だった。期間中の25日から29日にかけてはうどん、しょうゆ豆、いりこめし、てっぱい、まんばのけんちゃん、まぜずしなど郷土料理が県下全市町の学校給食に登場したもようだ。1年のうち1週間だけといわず、打ち込みうどんなどはうどん作りから子供たちも参加させて、作る技術を身につけさせておくのも郷土教育として価値が高いのではあるまいか。「土三寒六」といった塩加減の難しさもない(塩を使わない)上、美味な点では讃岐を代表できるものの一つとして他の料理にひけをとらない。香川県人なら誰でも打ち込みうどんの作り方を身につけているといった時代がくれば、どれほど楽しいことか。これは全県下の学校現場でぜひ実行に移してもらいたい。特に男の生徒たちが名人になってくれると実に頼もしい。…(以下略)

 「打ち込みうどんの麺は塩を使わない」という原則がサラッと出てきましたが、「県民全員が打ち込みうどんの作り方を身につけている」という“完成予想図”は、実現すれば『ナニコレ珍百景』には出られると思います(笑)。
 

「いも料理の打ち込みうどん」と「豆料理の弘法漬け」

 続いてこちらは、給食センターの調理員研修の話題。

(2月1日)

郷土料理に腕競う どじょう汁、弘法漬け…調理員研修兼ね試食会(善通寺市学校給食センター)

 善通寺市学校給食センター(増田栄作所長)は30日、市内与北町の同センターで郷土料理をテーマに調理員研修を実施、続いて郷土食試食会を開いて市関係者50人が試食した。この日午前11時から開かれた調理員研修には、28人の職員が7班に分かれて参加。「いも料理」の打ち込みうどん、どじょう汁、かきまぜずし、豆料理の弘法漬け、しょうゆ豆など季節料理7献立について日ごろの腕を競った。…(以下略)

 郷土料理をテーマにした研修ですが、打ち込みうどんが「いも料理」と位置づけられています。サトイモが入っているからでしょうか。あるいは、ものすごく「いも」を使ったオリジナルの「いも打ち込みうどん」を作ったのかもしれません。

 あと、今ではほぼ絶滅状態だと思われる、豆料理の「弘法漬け」というメニューが出てきました。これまで新聞にいくつも“絶滅危惧”の郷土料理が出てきましたが、「弘法漬け」みたいな差別化されたネーミングの料理もありますし、一度再集合させてみてはどうでしょう。まんま再現するだけでなく、ニューバージョンにアレンジするなどプロモーションを工夫すれば“生き返る”かもしれません。

“うどん交流”の話題が2本

 続いて、讃岐うどんを使った地域交流の話題が2本。

(7月18日)

日中のきずな長く太く 西安市要人と友好の輪 ドジョウ汁で接待(綾上) 

 「おいしい。お代わり下さい」。訪日中の中国・西安市の要人4人が17日夜、綾上町内で讃岐名物のドジョウ汁に舌鼓を打った。…(中略)…「日本での思い出に」とドジョウ汁を賞味したのは、この4月から奈良大学へ留学中の西安市人民政府外事弁公室幹部の袁沛清さん(33)と、瀬戸大橋博’88四国会場で「長安古橋交流文物展」の世話をしている張国柱西安文物管理所副所長(50)ら3人の合わせて4人。

 架橋博への文物出展の議定書調印のため昨年6月、西安を訪問した平井知事と仲西秀信県議の通訳を務めたのが袁さん。その昔、空海が西安からうどんを伝えたといわれることもあって、うどん談義に花が咲き、「来日の機会があれば、ドジョウ汁を食べに来て下さい」と誘っていた。袁さんがこのほど来県したのを機に、同じ西安の張さんらも合流して、この日、綾上町山田上の仲西県議宅を訪れた。

 地元の俊則自治会の小学生ら約20人が「ニーハオ」と熱烈歓迎。うどんを打つ作業には西安の人たちも飛び入り。「うどん王国」の出身者らしく、器用に麺棒を使い、腰の強い日中友好うどんを打ち揚げた。袁さんらは、大釜で炊き上げ、ミソ、季節の野菜がたっぷり入ったドジョウ汁を口にして「讃岐うどんはおいしい」を連発。遠来の客をもてなそうと駆けつけた地元民とともに、体中から汗を噴き出しながら、どんぶりに1人3~4杯も平らげていた。

 香川の県会議員さんと中国の役人さんの交流に、地元の小学生20人が駆り出されたみたいです(笑)。

 もう1本は、鳥取県への“うどん慰問”の話題。

(11月8日)

開拓団(香取)へうどん慰問 10日出発(綾歌「碧空会」)

 綾歌町のボランティアグループ「碧空会」(代表熊谷勝)が、10日から1泊2日の日程で鳥取県大山町の香取開拓団を「うどんでふるさとをしのんでもらおう」と慰問する。一行20人で、マイクロバスに小麦粉75キロ(800玉)を積み込んで手打ちうどんの”出前”を行う計画。また、一行に加わる守家政子栗熊保育所長が「碧空会」と「栗熊こじかクラブ」が行った交通安全キャンペーンのスライドを持参、ふるさとの模様を伝えることにしている。

 香取開拓団は戦後、中国から引き揚げた綾歌町出身者が入植。11日は42年目の入植記念日。45戸、200人の人たちはこの日、共同施設の一斉清掃を行い、小学生たちが栽培したサツマイモで会食し、入植時の苦しかったことなどを振り返る。入植の時、「百年をがんばろう」と”百年記念彰旗”(縦2メートル、横2.5メートル)を作り、毎年手のひら大のモミジをかたどった布を1枚ずつ縫いつけているという。碧空会のうどん慰問は4年目。…(以下略)

 以前、香川県から北海道開拓で道内各地に入植した人たちの子孫との「讃岐うどん交流」の話題が出てきましたが(「昭和61年」「昭和62年」参照)、鳥取県にもこんな入植の歴史があったんですね。

内海湾・日方海岸のイリコ作り

 もう一つ、小さな話題ですが、讃岐うどんの歴史を再確認です。

(9月14日)

イリコ干し、陽光は秋(内海町)

 内海湾に面した日方海岸で名物のイリコ作りが活気づいている。早朝から3隻の漁船が内海湾に出漁、網で引いたカタクチイワシを浜で湯がき、天日干ししている。…(以下略)

 久しぶりに「カタクチイワシ漁」と「イリコ作り」の話題が載っていましたが、記事になったのは伊吹のイリコではなく、小豆島の内海湾・日方海岸のイリコ作り。ここまで新聞で見る限り、香川のイリコは「東讃~小豆島」が圧倒的に“本場”です。今日、「香川のイリコ」といえばほとんど「伊吹島」のイメージしかなく、ネット等でも讃岐うどんの歴史を「香川は全県的に良質の小麦が穫れ、さらに坂出の塩、伊吹のイリコ、小豆島の醤油と、うどん作りの原材料が揃っていた」という表記を見かけますが、イリコはぜひ「東讃~小豆島」をかつての主流に置いてやってください。

後の「麺通団」が、平成の「讃岐うどん巡りブーム」を起こすきっかけとなった「怪しい製麺所巡り」を開始!

 四国新聞の「視座さぬき」というタイトルの連載コラムに、後の「讃岐うどん巡りブーム」のきっかけとなる「怪しい製麺所巡り」の始まりが載っていました。

(10月19日)

コラム「視座さぬき」…「針の穴場」でうどん通ごっこ

 学生時代、金沢に住む友人の家へ遊びに行った時のことである。夕食になって友人のお母さんがすまなそうに私に言った。
 「ごめんなさいね、おうどんがなくて」
 あのね、お母さん。讃岐人だって主食はふつうのごはんですよ。

 それにしても私は、うどんには目がなく、口がある。だからここ数年、「店ばかり立派でまずいうどん店ができた」とか「観光客目当てにべらぼうに高いうどん店がある」とかいう話を聞くたびに、情けない思いをするのである。「格好ばかりのうどん店は、うどん処讃岐にあってはもはや犯罪である」とまで言う人もいる。その意見に私も、反対する理由は持っていない。

 私のうどん歴において、師と仰ぐ人がいる。某広告代理店のうどん腹営業マンである。彼は仕事柄、県下ほぼ全域にわたってのうどん情報に長けていて、それを私に教えてくれたりするのであるが、その彼がこう言うのである。「最近はほんまにうまいうどんに出合わなくなった。だからここ数年、小さな製麺屋がやってるような店を探して、そこで食べている」。穴場情報ではない。ここまでくると”針の穴場”情報である。こういう情報は、タクシーの運転手や郵便屋さん、白バイの警官などが詳しいらしい。師をはじめとする数人から私が得た”針の穴場”を、チラリと教えてあげます。

 「土器川沿いのN」。最近店舗が移転して、よけいわかりにくいところに移った。うどん玉にダシとネギをかけるだけのメニューだが、うまい。高松市内の某グルメ社長も絶賛。「高松市勅使町のN」。うどん玉にダシ、ネギ、ショウガのみ。その場で揚げる天プラ、フライが実にうまい。「満濃町のK」。これまたわかりにくい場所にあるが、ここはうどんよりも日本そば(黒いやつ)が絶品。ネギと天カスしかないが、本場信州そばでさえ忘れかけている本物の素朴さが残っている。

 この手の店は、すべて店舗というより民家の納屋といった様相で、押しなべて強烈に安い。さらに、一切、量産していない。私を含めた数人の”ゲリラうどん通ごっこ軍団”は今、うまいうどんの原点を探し歩くことに人生の十分の一をかけている。(和牛)

 ちなみに、末尾にある「和牛」は、当時『月刊タウン情報かがわ』の編集長をやっていた不肖・筆者です(笑)。四国新聞にふさわしくない変なテイストの文章ですが、文中に出てくる「土器川沿いのN」は「西森」、「高松市勅使町のN」は「中北」、「満濃町のK」は「川中」で、いずれも玉売りの製麺所がついでに食べさせてくれるようなうどん屋。決してメディアが扱うような店ではなく、行政や組合からもほとんど注目されていないような店ですが、そのおもしろさに気付いた筆者が「ゲリラうどん通ごっこ」というコンセプトで“その手”のうどん屋を探し始めたのがこの時期です。

 ちなみに、『月刊タウン情報かがわ』の「讃岐うどん・針の穴場探訪記/ゲリラうどん通ごっこ」の連載が始まったのはこの年の12月25日発行の「1989年(平成元年)1月号」。そこから「讃岐うどん巡りブーム」への胎動が始まりましたので、「讃岐うどん巡りブームの歴史」は「平成の歴史」とピッタリ重なっていると言えます。

うどん慰問の記事が12本も

 この年は「うどんによる慰問・接待」の記事が下半期だけで12本。そのうち8本が12月の“年末うどん慰問”でした。おそらく新聞に掲載されなかった慰問も他にあると思いますが、一応掲載分の概要だけ列挙しておきます。

(7月)綾南ボランティア協議会………「綾南署」を「ドジョウ汁」で慰問(15回目)。うどん10キロ、ドジョウ3.5キロ。大釜2基で39人の署員に振る舞う。
(9月)高瀬交通安全協会婦人部………「高瀬署」を「打ち込みうどん」で慰問。讃岐うどん研究会員3人も加わり、150人分の打ち込みうどんを作る。
(9月)大内交通安全協会・母の会……「大内署」前でドライバーに「うどん」600食を振る舞う。
(11月)豊中中学校生徒20人………… 「七宝荘(老人ホーム)」を「手作りうどん」250玉で慰問。
(12月)丸亀青年会議所…………………「丸亀署」を「打ち込みうどん」で慰問(11年目)。大釜2基で100人あまりの署員に振る舞う。
(12月)綾南地区自動車整備振興会……「綾南署」を「ドジョウ汁」で慰問。ドジョウ2キロ。大釜で35人の署員に振る舞う。
(12月)府中剣道スポーツ少年団………「坂出署」を父母が作った「しっぽくうどん」で慰問。
(12月)小豆島ライオンズクラブ………「土庄署」を「たらいうどん」で慰問(23回目)。
(12月)高松西部防犯協会………………「高松北署」を「うどん、そば、コーヒー」で慰問。
(12月)豊浜町交通協議会………………「観音寺署」等と合同の交通安全キャンペーンでドライバーに「乾麺」を配る。
(12月)高松市交通安全母の会…………「高松南署」を「どじょううどん」で慰問。ドジョウ5キロ。大釜2基で150人の署員に振る舞う。
(12月)善通寺市交通安全を考える会…「善通寺署」と合同の「肉うどん交通安全キャンペーン」でドライバーを「肉うどん」で接待。

 「ドジョウ汁(うどん)」が綾南が2団体と高松が1団体、「打ち込みうどん」が高瀬と丸亀で、いずれも大釜を持ち込んで現場でうどんを作るというスタイル。こういう慰問や接待が毎年、県内のあちこちで行われていました。

うどん関連広告の本数が回復

 この年のうどん関連広告の本数は237本。ここのところ2年続けて160~170本あたりを低迷していましたが、バブル景気がうどん店にまで浸透してきたのか、3年ぶりに200本台に回復しました。

<県内うどん店>
【高松市・中心部】

「かな泉」(高松市大工町他)……… 22本
「川福」(高松市ライオン通)……… 10本
「さぬきうどん」(高松市栗林町他) 8本
「久保製麺」(高松市番町)……………3本
「井筒製麺所」(高松市西の丸町)……3本
「松下製麺所」(高松市中野町)………3本
「上原製麺所」(高松市栗林町)………3本
「源芳」(高松市番町)…………………2本
「さか枝」(高松市番町)………………2本
「番丁」(高松市番町他)………………2本
「丸川製麺」(高松市中新町)…………2本
「すゑひろ」(高松市中野町)…………2本
「たづらや」(高松市錦町)……………1本
「あわじ屋」(高松市丸の内)…………1本
「一代」(高松市西の丸町)……………1本
「三福」(高松市兵庫町)………………1本
「讃岐家」(高松市瓦町)………………1本
「黒田屋」(高松市田町)………………1本 6月1日木太店オープン
「こんぴらうどん」(高松市番町)……1本
「めん」(高松市中央町)………………1本
「誠」(高松市亀岡町)…………………1本
「丸山製麺」(高松市宮脇町)…………1本

【高松市・郊外】

「大島製麺」(高松市太田上町)………7本
「さぬき麺業」(高松市松並町他)……5本 4月8日宇多津店オープン
「屋島麵業」(高松市高松町)…………3本
「ひらいし」(高松市多肥下町)………3本
「桃太郎館」(高松市鬼無町)…………2本
「中西製麺所」(高松市松並町)………2本
「花ざかり」(高松市十川東町)………2本
「金原」(高松市元山町)………………2本 5月15日栗林店オープン
「あづま」(高松市林町)………………1本
「まるはち」(高松市木太町)…………1本
「善や」(高松市新田町)………………1本
「大圓」(高松市今里町)………………1本
「古川食品」(高松市川島東町)………1本
「かながしら」(高松市六条町)………1本
「元」(高松市一宮町)…………………1本
「なかにし」(高松市鹿角町)…………1本
「北山製麺所」(高松市鬼無町)………1本
「さぬき一番」(高松市福岡町)………1本
「小島」(高松市福岡町)………………1本

【東讃】

「郷屋敷」(牟礼町)……………………4本
「八十八庵」(長尾町)…………………3本
「寒川」(三木町)………………………3本
「入谷製麺」(長尾町)…………………2本
「山進」(香川町)………………………2本
「川田商店製麺部」(香南町)…………2本
「権平うどん」(白鳥町)………………1本
「吉本食品」(大内町三本松)…………1本
「雲海」(志度町)………………………1本
「味呂」(庵治町)………………………1本
「かみなりうどん」(三木町)…………1本
「十河製麺」(三木町)…………………1本
「宮西製麺所」(香南町)………………1本
「宝山亭」(香南町)……………………1本

【中讃】

「小縣家」(満濃町)……………………4本 4月27日丸亀店オープン
「和香松」(坂出市府中町)……………2本
「はせ川」(坂出市西大浜)……………2本
「金山奉行」(坂出市)…………………2本
「日の出製麺」(坂出市富士見町)……2本
「まごころ」(丸亀市蓬莱町)…………2本
「飯野屋」(丸亀市飯野町)……………2本
「鳥坂うどん」(善通寺市吉原町)……2本
「上原製麺所」(坂出市室町)…………1本
「たぬき」(丸亀市山北町)……………1本
「平川」(丸亀市土器町)………………1本
「カガワ食品」(善通寺市文京町)……1本
「まんどぐるま」(国分寺町)…………1本 12月11日新築オープン
「畑田」(綾南町)………………………1本
「こんぴらうどん」(琴平町)…………1本
「柳生うどん」(満濃町)………………1本
「紀州屋」(満濃町)……………………1本
「サヌキ食品」(綾歌町)………………1本

【西讃】

「将八」(観音寺市)……………………6本
「六ツ松亭」(高瀬町)…………………1本 12月15日オープン
「上杉食品」(豊中町)…………………1本
「七宝亭」(観音寺市吉岡町)…………1本 7月25日新築オープン
「紀州屋」(観音寺市柞田町)…………1本

<県外うどん店>

「玉藻」(東京都新橋)…………………2本
「川福」(大阪市南区)…………………2本
「めん坊フーズ」(京都市上京区)……2本

<県内製麺会社>

「石丸製麺」(香南町)…………………6本
「藤井製麺」(三木町)…………………5本
「サンヨーフーズ」(坂出市西庄町)… 5本
「日糧」(詫間町)………………………4本
「民サ麵業」(高松市勅使町)…………3本
「国方製麺所」(高松市多肥上町)……1本
「三野製麺所」(香川町)………………1本

<県内製粉会社>

「日本製粉」(高松市寿町)……………2本
「吉原食糧」(坂出市青葉町)…………2本
「木下製粉」(坂出市高屋町)…………2本
「日讃製粉」(多度津町)………………2本
「豊国製粉所」(観音寺市粟井町)……2本
「安田製粉」(内海町)…………………2本
「日清製粉」(坂出市入船町)…………1本

<その他うどん業界>

「加ト吉」(観音寺市観音寺町)…… 11本
「福井工作所」(坂出市府中町)………5本
「さぬき麺機」(高瀬町)………………4本
「香川県生麺事業協同組合」……………2本

●「さぬき麺業・宇多津店」(宇多津町)…4月8日オープン
 4月10日の瀬戸大橋開通に合わせてオープンした、客席350席で大型バスも10台停められる大型店。前出の「さぬき麵業」の紹介記事にもあるように、大橋時代の期待の店舗です。

S63年広告・さぬき麺業宇多津店オープン

●「小縣家・丸亀店」(丸亀市土器町)…4月27日オープン
「しょうゆうどん」が小縣家の登録商標であることを、広告に明記。「満濃池」というスタンプは、「小縣家名物の大根を削って作ったハンコ」をイメージしたデザインだと思います。

S63年広告・小縣家丸亀店オープン

●「金原」(高松市花ノ宮町)…5月15日栗林店オープン
 店に「大島家」と「飲伝屋」と「金原」の3つの店名が出ていることで一部のマニアにおなじみの(笑)「大島家」が、「金原」の名前で栗林公園の近くに支店をオープンしました。もちろん「わかめうどん」がウリです。

S63年広告・金原栗林店オープン

●「黒田屋・木太店」(高松市木太町)…6月1日木太店オープン
 広告内にあるように、「黒田屋」は県下7店舗になりました。

S63年広告・黒田屋木太店オープン

●「七宝亭」(観音寺市吉岡町)…7月25日新築オープン
昭和50年(1975)創業の「七宝亭」が改装新築オープンしました。讃岐うどん界でおそらくここだけの「甘党の店」のキャッチがついたユニークな店ですが(サイドメニューに「おはぎ」がありました)、オープンイベントの「藤田紀乃社中による琴と三絃の店内生演奏」もなかなか斬新です。

S63年広告・七宝亭オープン

●「まんどぐるま」(国分寺町)…12月11日新築オープン
 長らく仮店舗で営業していた人気の製麺所型店「まんどぐるま」が、待望の新築オープン。「いん石そば」は、昭和61年7月に国分寺町と坂出市に100個ぐらいの隕石が降っていくつかの隕石が回収されたことから「まんどぐるま」がいち早くメニューに取り入れたもので、そばに隕石を模したちぎりコンニャクの塊を乗せてありました(笑)。ちなみに、新築以前の仮店舗には「ポンテリカ(仮店舗を反対から読んだ)」という愛称が付いていたという、お茶目な名店でした。

S63年広告・まんどぐるまオープン

●「六ツ松亭」(高瀬町)…12月15日オープン
 「めし処」とあるように、うどん専門店ではなく、“うどんのあるレストラン”です。

S63年広告・六ツ松亭オープン

●「加ト𠮷」
 冷凍食品の「加ト吉」が、新聞に初めて「冷凍うどん」のラインナップを広告で出してきました。その他、協賛広告も含めて、この年は「加ト吉」の広告がずいぶん増えました。

S63年広告・加ト吉冷凍うどん

(平成元年に続く)

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