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vol.7 新聞で見る讃岐うどん

新聞で見る讃岐うどん<昭和25年(1950)>

(取材・文:  記事発掘:萬谷純哉)

  • [nazo]
  • vol: 7
  • 2019.03.21

昭和25年も四国新聞に「讃岐うどん」の記事はほとんどなし

配給価格は「うどん1玉92匁(345グラム)7円75銭」

 前年に引き続き昭和25年も、四国新聞に「讃岐うどん」に関する記事はほとんど載っていませんでしたので、とりあえず「うどん」という文字の入った記事を拾ってみました。

 まず、新年早々の1月6日付けで「うどんの主食代替配給が開始されたのを機会に、近く、パン、うどんの賃加工量目検査を全県下にわたって行うことになった」という記事が。続いて1月14日には「香川県商工課では、主食総合配給の中に加えられた生うどんの配給価格を一玉92匁7円75銭と決定した」という記事が見つかりました。

 どうやら昭和24年から25年にかけて、米や麦やパンの「主食配給」に「うどん」が加わったようです。そのため、「配給主食はきちんと管理しないといけない」というわけで、パンとうどんの賃加工(農家の人が持って来た小麦を製粉加工してパンやうどんにする業者の加工料)の一斉検査を行ったとのこと。同記事中に「先頃の検査で摘発された悪質加工店中では、100匁につき30匁の量目不足が見られるので、徹底調査を進めるはず」とありましたので、当時は「はい、100匁」と言って70匁しか渡さないという悪徳業者が蔓延っていたようです。

 ちなみに、「生うどんの配給価格、一玉92匁7円75銭」とありますが、92匁はグラム数に換算すると345グラム。今の讃岐うどんの標準的1玉が茹で上がりで大体250~280グラムと言われていますから、生うどんで1玉345グラムは今の平均の1.5倍くらいありそうです。そう言われれば確かに、讃岐うどん巡りブーム勃発前の1990年代前半に取材した数百軒うどん店の中で、1玉のデカいうどん屋が結構あったような気がします。

 さて、この「1玉7円75銭」という配給価格は、「ヤミ市場に大きな影響を与えることになる」という予測が社説(当時は四国新聞に社説があった)に載っていました。

(4月16日/四国新聞・社説)

米以外主食の自由販売

 5月1日から米以外の主食が業務用に限り自由販売になる。食糧事情が一般に好転したこと、米以外のストックが増大し、特に最近、麦製品の精白度を引き上げたために旧歩留りの黒い麦の滞貨増が見込まれること、さらにこれらの主食品が夏を越すと虫に食われて品質が低下するために食管特別会計に相当な赤字が予定されることなどから、政府としては自由党と連絡の上、飲食営業臨時規正法の改正案として今国会に提出することになった。

 これによると、業務用特別放出として年間30万トン300万石が予定されている。戦前の自由経済時代に業者の消費していた量とほぼ同額の主食が放出され、外食券なしで一般の用に供されるということになると、現在ヤミとはいいながら半ば公然と売られているウドンやパンが日々2万トンの放出の裏づけで安価に多量に供給されるわけで、売る方も買う方も遠慮気兼ねが不必要となると同時に価格の点でもうんと安くなるであろうということは当然考えられる。

 一例を配給の玉ウドンにとって見ても、1玉7円50銭のものと市販の20円、30円のものとを比較すると量的には優に倍以上である。この配給製品と同じものがどしどし飲食店に入り始めたら、この種の食品の価格は半値には下落するはずである。そうでなくても原料のヤミ価格の下落のため加工品も下落の一途をたどって来たが、5月以降は徹底的に引下げられるであろう。これは勢いヤミ価格にも影響し、一般食糧のヤミ価格はこれによって再び下落するほかはなくなる。

 いずれにしても申訳け的に代用を冠する必要もなくなれば、消費者も外出先で公価格の安いウドンやパンが食べられることになることは結構である。

 要約すると、
①5月1日から、米以外の主食が業務用に限って自由販売になる。
②当時市販されていた玉うどんは、1玉20円~30円だった。
③そこへ、1玉7円50銭(1月の記事には1玉7円75銭とあったけど…)の配給製品と同じものが大量に流入し始めると、ヤミ価格はさらに下落するだろう。
という予測です。しかし、20~30円で回っていた市場に7円50銭の競合が大量に入ると、「価格が下落」どころか、ほとんど「価格破壊」レベルの混乱が起こりそうですが。

 加えて、生産者(農家)側も「高いヤミ価格」がそのまま「高い収入」につながっていたわけですから、価格暴落は大きな収入減になって、こちらでも混乱が起きることは必至。社説では当然そのあたりにも言及していて、最後に「農家経営と国民生活の両面を調整する根本的な農政が必要になってきた」と結んでいました。いずれにしろ、混乱する市場経済を正常に戻す過程で避けて通れない施策がいろいろ行われていた時代です。

関連ニュースあれこれ

 では、うどん周辺事情にちょっとだけかすっているようなかすっていないような記事をいくつか御紹介。

(5月30日/四国新聞)

沖縄へしょう油、香川から見本を送る

 香川県商工課で斡旋していた沖縄向け貿易として、このほど同課に東京の商社から県内産しょう油、ソウメンの照会電報が到着したので、早速商品見本、価格表の送付、入札登録申請を行った。この商品で沖縄との貿易交渉ができれば、引き続き県特産物としてハカリ、焼玉エンジン、トウガラシ、和紙などを送り出す予定。

 沖縄の返還は昭和47年(1972)なので、この時はまだ「貿易」ですが、県の特産物で東京の商社から問い合わせがあったのは、「うどん」ではなくて「しょう油」と「そうめん」。それを受けて県が次に送り出そうとしていた特産物が、「はかり」と「焼玉エンジン」と「とうがらし」と「和紙」だそうです。「はかり」は、明治13年創業の鎌長製衡かなあ。香川の産業史、もしかしたら今は忘れられているものが結構あるのかもしれません。

(7月16日/四国新聞)

干めん業者大弱り 書入れ時に原料割当吹っ飛ぶ

 池田町をはじめ郡内干めん製造工場では、7月分原料の割当がなく、ほとんど工場を休止しており、例年なら新麦が出回りフル運転している時期だけに業者は恐慌を来たしており、県干めん工業協組を通じ他府県への移出麦の加工注文を取るため努力している。

 これは政府ならびに公団が保有する小麦粉、その二次製品、精麦の量が6月まで約62万トンといわれ、保存困難と旧歩留品が多く旧製品の処理に迫られたため、7月の加工を九州、北海道地区を除き中止したもので、製粉業者なども同様処置がとられている。

 これは、「政府や公団が全国の小麦粉製品の加工業者に原料の粉を割り当てて、精麦や乾麺等の二次製品に加工させていたが、在庫がいっぱい貯まってしまったので“今年はもう作らんでええぞ”言うて粉の割当を止めてしまったので、業者は政府と公団以外からの注文を取るのにえらい目をしている」という理解でよろしいか? いずれにしろ、昭和25年はまだ「民間の市場経済より国の統制経済のシェアが大きい」ということを示すニュースです。

(8月16日/四国新聞)

丸亀市で主食一斉取締り

 丸亀市署では14、15日にわたり、駅、港湾を中心に主食と主食加工品の一斉取締りを行った結果、同市中府○○○子(49)ほか10名を検挙、合計2石8斗、カンメン28石、小麦粉70貫を押収した。

 昭和25年の四国新聞に出ていた「主食取り締まり」の記事はこの一本だけでした。記事が少ない原因としては、
(1)違反が減ってきた。
(2)違反が当たり前になって記事にする価値がなくなってきた。
の2つが考えられますが、戦後数年の違反摘発記事が凄まじかったことからすると、たぶん違反が減ってきたのでしょう。ただし、民間の現場ではまだまだ「いかがなものか?」みたいな商売が蔓延っていたようで…

(5月19日/四国新聞)

屋島遊園地化も結構だが物価高にびっくり 高松市商工課が調査

 「観光高松の発展策如何」を議題に、先に高松市役所議場で学生たちの模擬市会が行われた時、「屋島山上では水をコップ一杯5円で売っているなど、商店の暴利主義が観光発展を阻害している」と観光客を対象とする市内商店の反省を叫んだが、屋島山上の値段が高いことは各方面から非難の声が高まっているので、高松市商工課ではこのほど同地の物価調査を行ったところ、一般市価の2倍、3倍の高値であることを突き止めた。すなわち15円の素うどんが50円、30円のサイダーが50円または60円、10円のラムネが15円、休憩料が30円といった調子で、しかも醜い客引き競争を展開して観光客に不快の感を与えている現状にある。

 これらにつき、山上の商店では山上までの運賃高などを強調しているが、ラムネ、サイダーなどの一本あたり運賃はせいぜい1、2円のものであり、同課では地元の要望している山上の遊園地化も結構だが、「かかる非難を受けない受入れ態勢を地元商店で作り上げる方が先決だ」との見解を表明している。

 かつて、弘法大師が四国に住む悪キツネを「鉄の橋が架かるまで帰ってくるな!」と言って本州に追い払ったという伝説があったそうですが、1988年に瀬戸大橋が開通して本当に「鉄の橋」が架かってしまった時、「悪いキツネが帰ってくるんちゃうか?」と思っていたら、観光客目当ての一杯900円という「悪いキツネうどん」が出た、という話が讃岐うどんのマニア界(誰だ・笑)で流れたことがありました。いつの世も、一見の観光客相手のぼったくり商売は尽きないようですが、それでも売れるのであれば、それも一つのマーケットが成立しているということではあります。

 では、最後に悲しくも温かいエピソード記事を一つ。

(2月1日/四国新聞)

三重苦で妹探し 全国行脚に同情の婦警

 肉親の妹を探し求めて不具の身で自治体警察をリレーしつつ全国行脚の旅を続ける男に同情した婦人警官の温情。30日、坂出、丸亀、善通寺の各署を経て琴平署に送り届けられた、見るからに哀れな中年男があった。これは広島市平野町の○○○○氏(42)で、20年8月6日、原子爆弾で妻子3人と死別し、自分は両眼を失明した上、ろうあ者となり両脚と右手も不自由となり、広島国立病院に入院していたが、生き残りのただ一人の妹○子さんのことが忘れられず、昨年来全国行脚に出て九州から東北、関東、近畿地方を警察の厄介になり巡歴して四国へ渡って来たもの。

 探す妹は小藤と名乗り芸者をしていたことがあり、丸顔の色白、ホクロのある女だというが、○○氏は目も見えずものも言えず耳も聞こえないところから、左手で筆談する気の毒な身に同情した琴平署受付係婦人警官○○○子さんは同人と筆談の結果、白血球の欠乏から毎日ビタミンBの注射をしなければならないことがわかると、親切に注射を打ったり、食事も豆腐汁かうどんよりほかに食べられないので、うどんを取り寄せ食べさせたのち、31日省営自動車で観音寺へ送り届けた。

 「目も見えずものも言えず耳も聞こえない」のに筆談ができたのか? という疑問は残りますが、そこは記者が「思いのあまり筆がすべった」ということで目をつぶって。今の新聞ならこのあとすぐに「社会が悪い、政府が悪い」というオチに持って行きそうですが、「送り届けた」で止めると、逆に読んだ人が誠実な気持ちを取り戻しそうな気もします。

昭和25年の四国新聞に載ったうどん関連広告

 この年はうどん関連の新聞広告も激減し、登場した企業と団体名は以下の5つだけでした。
<県内企業・団体>
●食糧配給公団香川県支局 支局長 景山 董
●日清製粉株式会社坂出工場
●日讃製粉株式会社
●川辺工業・真崎式製麺機
<県外企業・団体>
●(大阪市)田中鉄工場・干しうどん製麺機械

(昭和26年に続く)

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