さぬきうどんのメニュー、風習、出来事の謎を追う さぬきうどんの謎を追え

vol.56 新聞で見る讃岐うどん

新聞で見る平成の讃岐うどん<平成10年(1998)>

(取材・文: 記事発掘:萬谷純哉)

  • [nazo]
  • vol: 56
  • 2022.09.19

全国ネットのテレビ番組が「讃岐うどん巡り」を続々紹介し始める

 1990年代もいよいよ終盤に差しかかり、「讃岐うどん巡り」の大ブームに向けて、メディアの動きがますます活発になってきました。

 まず地元では、4月にTJ-Kagawa(月刊タウン情報かがわ)が「国営讃岐まんのう公園」の開園イベントの一環として「第1回讃岐うどん王選手権」を開催。この模様は5月にRSK山陽放送が「熱闘!讃岐うどん王選手権」と題して1時間の特番を放送し、うどん店情報もないイベントレポート番組にも関わらず14.5%もの視聴率を記録して「讃岐うどんレジャー人気」の沸騰ぶりを示しました。「国営讃岐まんのう公園」のオープニングイベント「四国らんまんフェスタ」の新聞広告が見つかりましたので、ご覧ください。

H10広告・まんのう公園オープン

 下の方のイベント一覧に「4月25日(土)うどんフェスタ[さぬきうどん通選手権]」とありますが、「うどん通選手権」ではなくて「うどん王選手権」が正式タイトルです(笑)。まあ、誰も間違いに気づかないまま新聞に出たということは、偉い方々にはその程度の認識だったのだと思われますが、「讃岐うどん王選手権」はここから参加者をどんどん増やしながら4年続き、数年後の空前の「讃岐うどん巡りブーム」をサポートするイベントとなりました。ちなみに、全国から400人以上の参加者を集めるイベントにまで成長したのに第4回で終了したのは、主催者である筆者がTJ-Kagawaの会社を辞めることになったからです(笑)。

 続いて10月に、TJ-Kagawaが県内うどん店を網羅的に掲載した『讃岐うどん全店制覇攻略本』の第1巻を発行。約半年間の徹底取材で653軒のうどん店が確認され、これまで新聞に「3000軒、4000軒」等の数字が踊っていた「県下うどん店の数」に、初めて実態に近い数字が発表されました。

 一方、全国ネットのテレビではこの年、「讃岐うどん巡り」を紹介した番組が3本も放送されました。

●NHK「ひるどき日本列島」で、麺通団団長が白井貴子さんと「山越」をレポート。
●日テレの旅番組で、ナンチャンが2週にわたって穴場讃岐うどん店を巡る。
●テレビ東京の1時間特番「そば対うどん」で、麺通団と地元うどんマニアたちが讃岐うどんをPRする。

 ちなみに、これまでに全国ネットのテレビ番組で「讃岐うどん」が「グルメ&レジャー」的に紹介されたのは、

●1992年…テレビ東京のグルメ紀行番組『ぐるっと日本三度笠』で、麺通団が武田鉄矢さんと讃岐うどん店を巡る。
●1993年…日テレのグルメ紀行特番で、麺通団が吉村明宏さんと穴場うどん店を巡る。
●1994年…フジテレビの全国リレーグルメ番組で、麺通団団長が穴場うどん店を紹介。
●1995年…テレビ東京のグルメ番組で、麺通団団長が志垣太郎さんと讃岐うどん店を巡る。
●1996年…なし
●1997年…なし

というラインナップでしたから、1年に3本も放送されたのはこの年が初めてです。そのあたりの流れについて、メディアの当事者だった筆者の感覚では、まず「ゲリラうどん通ごっこ」(1989年連載開始)や『恐るべきさぬきうどん』(1993年発行)を見た全国ネットの「雑誌」が「穴場讃岐うどん店」を何度も取り上げ始め、それを見た「テレビ」が、92年から95年まで年1回のペースでスポット的に「讃岐うどん」を取り上げ、それが95年でとりあえず一段落したのが第1の局面。その後、「雑誌」と「ローカル局(RSK)」が今度は「讃岐うどん」を「穴場うどん店巡り」という切り口で遊び始め、人がどんどん動き始めたので「これは行ける!」ということで、ここに来て「テレビ」も「穴場うどん店巡り」の紹介に本格的に乗り出した、というのが当時の現場の印象でした。それにしても、「テレビ東京」は動きが速かった(笑)。

 では、平成10年の「新聞」に載った讃岐うどん関連記事を見てみましょう。

「弘法大師~智泉大徳~讃岐うどん発祥・綾南町」のストーリーが新聞に初登場

 年明け早々の1月の特集記事に、綾川町が「讃岐うどん発祥の地」を名乗る根拠としている「智泉大徳」の名前が、発祥ストーリーとともに出てきました。 

(1月18日)

川のある風景/綾川水系
歴史刻んだ音は遠く 水車とうどん 先人の暮らし支える

 …(前略)…「麦は手間で作れ」。コメどころで知られた綾川流域。気候、風土に恵まれたこの地方はまた、麦作に適した土地柄でもあった。川の流れに沿って水車が回り、製粉が発達した。麦作と製粉の盛んだった滝宮は、うどん発祥の地としてうどん好きのロマンもかき立てている。綾南町誌編さん委員で「寺車竜灯院さぬきうどん発祥地」を記した杉村重信さん(87)は「ここは祭りの多い土地柄。親類を招いての接待はうどん」と言い、うどんに関する持論を紹介してくれた。

 「延暦8(789)年、滝宮生まれの智泉大徳は、滝宮竜灯院の菅原氏に嫁いだ弘法大師の姉、智恵子の子。大同2(807)年、大師さんが当地へ姉夫婦を訪ねた時、孝行者の智泉が両親に麺を食べさせた」。さらに「この地方の小麦を水車で製粉したものを地粉と言う。色は薄黒いが、うどん作りには最適だった」とも。数説ある”うどん発祥”の伝え。綾南町は国道32号沿いの綾川べりに道の駅「滝宮」の中核施設として「うどん会館」を整備、4月オープンの予定で、同施設では特産のうどんのアピールなどを計画している。

 「綾川学習」で環境問題に取り組む綾上町山田小学校。川の流れを得て、時を刻んだ西柾木の水車で使われていた大きな石うすを「再会の庭」モニュメントとして整備、児童たちの心のふるさとになっている。先人の暮らしに欠かせなかった水車。のどかな光景は既に姿を消したが、冬のたたずまいの川面から”うどん発祥”のロマンがほのかに感じられた。綾上町山田小学校の「再会の庭」。モニュメントの石が歩んだ歴史を知る人は少ない。…(以下略)

 平成9年の「うどん会館」の展望記事の中で「国道32号沿いの建設予定地近くには、日本にうどんを持ち込んだと伝えられる空海ゆかりの僧が住んでいた」という表現が出ていましたが、「智泉大徳」という具体的な名前が新聞に出てきたのはこれが最初。そしてここから、「弘法大師~智泉大徳~讃岐うどん発祥の地・綾南町」というストーリーが世に出されていくことになります。

「綾南町うどん会館」がオープン。併せて綾南町が「智泉大徳」ゆかりの「讃岐うどん発祥の地」を打ち出す

 平成8年12月の起工式から何度も記事になって期待を集めていた「綾南町うどん会館」が、4月2日にオープンしました。

(4月3日)

しゃれた外観 体験室も併設 「うどん会館」がオープン(綾南)

 地域食材供給施設の「綾南町うどん会館」を中核施設とした県内10番目の道の駅「滝宮」が2日、綾南町滝宮の国道32号沿いにオープンした。記念式典では、県や町関係者らがサービスエリア機能を備えた新名所の誕生を祝った。式典には、藤井町長や後藤義博・北海道秩父別町長、中国新楽市長ら約150人が出席。農経高生が鮮やかなバチさばきで「拓心太鼓」を披露した後、藤井町長らがテープカットした。

 同会館は、鉄筋コンクリート平屋建て、述べ約680平方メートル。パステルカラーを基調に、大きな切り妻屋根と、隣接して流れる綾川に向かって突き出たボードデッキ展望台などしゃれた外観。手打ちうどんづくりを気軽に楽しめる体験室をはじめ、同町や姉妹町・北海道秩父別町などの物産品売り場、うどんを中心としたレストランなどがあり、併設されたテントコーナーでは、地元農家らが新鮮な季節の野菜や果物、生花などを直売。管理・運営は第三セクターが担当する。同会館のオープンを記念して4、5の両日、うどん早食い競争や郷土芸能、歌謡ショーなどのイベントが予定されている。

H10広告・うどん会館オープン

 「綾南町うどん会館」と「道の駅・滝宮」が同じ場所に同時オープンしたという広告ですが、広告の中のリードコピーにこんなことが書かれていました。

弘法大師から滝宮の地へ受け継がれた麺

延歴23年(804年)、遣唐使とともに入唐した弘法大師が、大陸の進んだ文化をたずさえて帰国した際、弘法大師の甥(弘法大師の姉の子)であり、十大弟子でもあった智泉大徳に麺づくりの指導をされました。弘法大師の指導を得た智泉大徳は、さっそく父母たちに麺を馳走したことから、滝宮がうどんの発祥地として伝えられたのです。

 広告の中で「延暦」の字が間違っていますが(笑)、さっそく「弘法大師~智泉大徳~讃岐うどん発祥の地・綾南町」というストーリーが“確定的”に発表されました。これまで新聞に出てきた「讃岐うどん発祥の地」は琴平町だったのですが(「昭和47年」参照)、その後「讃岐うどん発祥の地・琴平説」が消えて綾川町(旧綾南町など)に取って代わられたのは、どうもこのあたりがターニングポイントのようです。それにしても「智泉大徳とうどん」という話をどこかで発掘し、それをストーリーにまとめ上げてこうも完璧に「琴平説」を覆したというのは、マーケティング的に見れば見事なプロモーションだと言わざるを得ません。

村上春樹さんの「讃岐・超ディープうどん紀行」を収めた旅行記『辺境・近境』が発売される

 村上春樹さんの旅行記『辺境・近境』が4月に発売され、その中に「讃岐・超ディープうどん紀行」という、“怪しさ大爆発”の讃岐うどん店巡りのレポートが収められていました。それを見つけた「一日一言子」のコラムです。

(10月25日)

コラム「一日一言」

 村上春樹さんの旅行記『辺境・近境』(新潮社) の中に「讃岐・超ディープうどん紀行」が収められている。平成2年秋の取材旅行。2泊3日の日程で讃岐うどんを食べまくる企画。県内の有名店、名物店、穴場は一応、押さえている。うどん店の多さにびっくりし、讃岐うどんの特異性、安さ、うどんを愛する人々に驚く。香川のうどん店の在り方は「ひとことで言えばかなりディープなのである」と説く。「ちょうどアメリカの深南部に行って、小さな町でなまずのフライを食べているようなそんな趣さえある」とか。辺境の減少した現代にあって、讃岐でディープな味を楽しめるのは貴重かもしれない。村上さんの言う「辺境」は、ほめ言葉として受けとめておこう。それにしても「うどん屋さん以外に何もないんじゃないかという気がしてくるくらい見事にうどん屋さんが多いのだ」と村上さんは気をもむ。…(以下略)

 村上春樹さんは『ハイファッション』という女性ファッション誌で「村上朝日堂」というエッセイを連載していて、「讃岐・超ディープうどん紀行」はそこで平成3年(1991)に掲載されたものです。紹介された店は「小縣家」「中村うどん」「山下うどん」「がもううどん」「久保うどん」の4軒で、そのうち村上さんは特に「中村うどん」と「がもううどん」の“怪しさ”に衝撃を受けて「超ディープ」と表現されたようですが、なぜそんな店に行ったのかというと、香川出身の“マツオさん”という『ハイファッション』の女性編集者が案内したとのこと。当時すでに“マツオさん”も「怪しい製麺所型うどん店」の魅力を知っていたということで、その“恐るべき”テイストの店が村上さんを驚愕させたわけです。やはり、ブームの原動力となった「怪しい製麺所型うどん店」の威力は一級品でした。

『さぬきうどん全店制覇攻略本』が発刊され、香川のうどん店の数が「653軒」と発表される

 続いて、TJ-Kagawaから香川県のうどん店を網羅的に調査した『さぬきうどん全店制覇攻略本』が発刊され、県下うどん店「653軒」という数字が初めて公に発表されました。それを受けた「一日一言」のコラムです。

(12月21日)

コラム「一日一言」

 「恐るべき」とか、「誰も書かなかった」と銘打つ本はたくさんある。しかし売り文句をそのまま信じられる本は少ない。そんなコピーを2つもつけたら、ますます怪しい。それが、今、売れている。地元のミニコミ誌『タウン情報かがわ』が10月に出版した『さぬきうどん全店制覇攻略本』には、「恐るべきさぬきうどんスーパーコンテンツ」「誰も作らなかった讃岐のうどん屋大全!」のコピーが2つ並んでいる。第1のコピーは、同誌が数年前から出版している人気シリーズ 『恐るべきさぬきうどん』の姉妹編という位置付け。2つめのコピーは、なぜか本当に誰も作ったことがなかった種類の本だから、これも正真正銘の内容。

 この本は、香川の産物の中では知名度ナンバーワンの讃岐のうどん屋の実態を明らかにすることを目標に編集された。その数、653店。その住所、特徴、交通手段、地図など、うどん通なら大喜びする情報を集大成した。「653店」と聞いて驚く人も少なくない。県内のうどん屋は一説では3000店、冗談半分なら「電柱の数ほどある」とも言われてきた。しかし実数を正確に調査した例はなかった。同誌では人海戦術であらゆる情報を集めて初めて店数を確定した。数が判明しただけで実にさまざまなことが分かる。軒数が多いのは高松(235軒)、少ないのは引田など7町 (2軒)。人口比と面積比ではどちらも琴平が断然1位。どうやら、うどん文化の定着度は東讃より西讃が優勢だ。

 初版から1カ月で早くも増刷という売れ行きだが、同誌では今後も情報を集めて、さらに正確な改訂版を発行するという。すでに追加は17軒。つまり今日現在の香川のうどん屋は全部で670軒。少ないようだが、それでも日本一。ミニコミ誌ならではの仕事に脱帽。

 『さぬきうどん全店制覇』の功績を大変褒めていただいております。当時の「一日一言」では「ゲリラうどん通ごっこ」~『恐るべきさぬきうどん』の動きが何度も取り上げられていますが、実は当時の一日一言子の方は地元マスコミでは数少ない「麺通団の活動に理解を示してくれる識者や権威筋」の1人でした。なぜ「麺通団の活動に理解を示してくれる識者」が数少なかったのかというと、麺通団の活動は「既得権を脅かす危険分子」的な存在として、数多くの識者や権威筋の方々に睨(にら)まれていたからではないか? というのが筆者の印象です(笑)。ちなみに、「タウン誌」ではなく一貫して「ミニコミ誌」と書かれていますが、愛のある毒舌で「マスコミの対比はミニコミじゃ」とおっしゃっていました。(笑)。

うどん関連イベント記事は「天狗まつり」と「どじょ輪ピック」

 うどん関連イベントでは、丸亀お城まつりと高松まつりの「うどん早食い大会」は例年通り開催。あと、「天狗まつり」と「どじょ輪ピック」が記事で紹介されていました。

(1月7日)

さかいで天狗まつり 天狗伝説で地域おこし マラソン、凧揚げなど多彩に

 地域おこしで始まった「さかいで天狗まつり」(同実行委員会主催)は第8回を迎え、2月14、15両日、坂出市内で開催される。同まつりは市内大屋冨町相模坊(さがんぼう)に伝わる「崇徳上皇を守った」という天狗伝説で地域おこしを図ろうとスタート。全市規模のまつりとして定着している。

 初日は松山地区で行事が始まり、天狗うどんを食べて午後1時、松山小学校をスタート。白峯寺まで往復10.9キロを元気に「テングウォーク」をする。出発地点ではアマ劇団「テアトルローマン」の団員が天狗に扮して励まし、参加者は頭に「テングバイザー」をつけて天狗にあやかりながら歩く。夜は天狗をまつる大屋冨町の相模坊大権現で、天狗バザール、2000食の「天狗うどん」がふるまわれ、鴨川福神太鼓の演奏に合わせて冬花火が打ち上げられる。15日は、午前9時半からNTTグラウンドで天狗凧揚げ大会が開かれる。メーンイベントの「天狗マラソン」は、同10時に林田運動公園を出発、大屋冨町馬返折り返しの15キロで700人が健脚を競う。公園の天狗村ではスポーツチャンバラ大会、天狗うどん接待、天狗自由市場などが催される。

 「さかいで天狗まつり」は第8回。「天狗汁」は消えて、「天狗うどん」が祭りのメイングルメに定着しているようです。

(11月16日)

郷土料理作りに大奮闘 ドジョウ汁大会にぎわう(長尾)

 ドジョウが主役の地域イベント「どじょ輪ピックin長尾」(造田地区コミニュティー協議会など主催)が15日、長尾町造田のJR造田駅東広場で開かれ、参加グループが伝統の味を競った。催しは、郷土食として受け継がれているドジョウ汁を地域活性化に役立てようと5年前から始まった。今年は、町内の自治会や事業所など町外を含む13チームが参加した。…(以下略)

 飯山町「おじょもまつり」の「どぜう汁大会」は2年連続記事に見当たらず、この年は「おじょもまつり」の記事もありませんでした。県下ドジョウ汁イベントは、このあたりからから長尾の独壇場になったと思われます。

丸亀市の職員たちがうどんマップを作成

 丸亀市の若手職員と市民の有志15人が、丸亀市内のうどん店マップを作成しました。

(1月22日)

おいしいうどん店ひと目 丸亀で市職員ら、マップで”手打ち”紹介 四国総体機に全国にPR

 丸亀市内で「手打ち」に限ったうどん店を紹介する「丸亀マル得手打ちうどんマップ」(同制作委員会作成)が観光客らに好評。8月に開かれる四国’98総体のパンフレットにも取り上げられ、同制作委員会は「全国から集まる選手ら総体関係者に讃岐の手打ちうどんをPRできる」と張り切っている。

 「おいしいうどんを食べさせてくれる店は?」という観光客の質問が多いことから、丸亀市の若手職員と一般市民の15人でマップ制作委員会を設置。昨年夏、約3ヶ月をかけて丸亀市内を調査した。紹介の対象を「手打ち」に限定して、勤務時間外に自費で試食。調査結果を持ち寄り、マップに仕上げた。掲載されている手打ちうどんの店は計49店舗。同制作委員会は「うどん玉を仕入れて提供している店もあり、丸亀市内にうどんを出す店は100店舗以上ある」とみている。

 マップは昨秋、国民文化祭のパンフレットにも掲載され好評だったことから、新たに1万枚作成した高校総体のパンフレットにも登場させ、丸亀市内の観光案内所や公共施設などで配布を始めている。調査担当者は「丸亀だけで、これほど多いとは思わなかった。さすが、うどんの本場。味ひと筋に頑固な職人もおり、思いがけないおいしさにめぐりあったことも多い」と話している。メンバーのうち食べ歩きチャンピオンはすでに42店を踏破。「手打ちうどん店の食べ歩きラリーもやってみたい」と計画を練っている。

H10記事・丸亀うどんマップ

 観光客から「うどん店情報」を求められることが多くなってきたのは、「讃岐うどん巡り」の人気が高まってきた証の一つ。丸亀市内の49店が掲載され、「丸亀市内にうどんを出す店は100店舗以上あるとみている」とのコメントが付いていますが、4月に発刊された『さぬきうどん全店制覇』では、丸亀市内のうどん店は「62軒」でした。ちなみに、このマップを手に丸亀のうどん店巡りを敢行した記者のレポートも続報されていました。

(6月19日)

うどん49店舗食べ歩き

 「おいしいうどん店ひと目で」「市職員らマップで”手打ち”紹介」。こんなニュースを取り上げたのが今年1月末。丸亀市職員が昨年秋の国民文化祭や今夏に開催される四国’98総体に、この地図を活用する取り組みを記事にしたものだ。この「手打ちうどん店一覧」に掲載された49店舗のうち、10店余りはすでに味を知っていた。「それなら食べ尽くしてやろうじゃないか」。そう思い立ち、食べ歩きを始めた。…(中略)…

 各店ごとに麺の太細、だし、値段を分析。自分なりに細かく「三つ星」ランキングをつけた。その結果、思わぬ発見。「早い、安い、うまい」の讃岐うどんに、与えた三つ星は5店だけ。食通でもなく舌が肥えていないのに、やれ「みりんがききすぎ」「めんにはもっと腰を」と苦情ばかり。そして気がついた。「自分の評価の基準は、あの懐かしい法事のうどん」。…(中略)…「ああ、やっぱり讃岐人」。自分なりにうどん文化を背負っていることを再発見した。

(11月6日)

うどん店も激化時代に

 (前略)…あれから5カ月、驚いたことに地図掲載のうち2店が店じまいし、3店が新たに店開きした。「讃岐でうどん屋をやれば食うていける」。幼いころから聞かされたこの業界にしてこの競争。…(中略)…行列ができるのは結局「早い、安い、うまい」の当たり前の店。ところが「手打ち」の看板に疑問符を付けたい店も少なからずあった。うまさに自信があるなら「当店おすすめ」の一品を掲示してはどうだろう。手打ちを基本に「これで勝負!」の個性が欲しい。…(以下略)

 「食べ歩き」→「評価」→「提案」という「うどん店情報」の発信スタイルは、今日ネット上やSNS等で盛んに展開されている「個人による情報発信」の王道ですが、「讃岐うどん巡りブーム」がネットやSNSの普及でさらに加速していくのは2000年以降です。

小豆島の光明寺に「製麺地蔵」がある?!

 小豆島のお寺に、「製麺地蔵」というお地蔵さんがあった(今もある?)そうです。

(2月24日)

温かいうどんに舌鼓 主婦らがお遍路さん接待(小豆島・光明寺)

 お遍路シーズンたけなわの23日、”製麺地蔵”のある池田町池田、小豆島霊場三十八番「光明寺」で、訪れたお遍路さんらにうどん接待があった。…(中略)…同寺は、地場産業のそうめんやうどんなどの製麺業の発展に感謝して「福田(ふくでん)地蔵」を6年前に建立。毎年この時期に、麺類の評判を全国に広めてくれたお遍路さんへお礼の気持を込めて、うどん接待を続けている。…(以下略)

 小豆島の光明寺に平成4年に建立された「福田地蔵」は、「製麺地蔵」だそうです。今日あまり知られていないようですが、健在なら「うどん県」のコンテンツとしてきちんと押さえておきたいところです。

「さぬきの夢2000」の開発過程の話が

 「四国の研究機関」という連載で、県農業試験場の主席研究員の多田伸司さんのインタビュー記事が載っていました。

(5月3日)

「明日を創る・四国の研究機関」…県産で「讃岐うどん」を 小麦の半数体育種(県農業試験場・多田伸司主席研究員)

(前略)…
多田 讃岐うどんのほとんどは輸入小麦が原料。国産小麦は製粉しにくく、うどんに適さない。そこで、新品種の開発からうどんに最適な小麦を創出しようと、県レベルで3年から研究を始めた。…(中略)…初めに、うどんに適し同時に栽培しやすい品種30種程度を精選。性質の違うものを228通りの組み合わせで交配した後、ほ場で二穂ずつ栽培した。栽培時には倒れにくさや穂の実り具合など、収穫すれば外観や性質などを検査。さらに製麺して風味や食感、色彩などをチェックしてきた。

…(中略)…3年に研究を始めてから、約4400系統の品種を開発。既に5品種が県の奨励品種決定調査の対象になっている他、約400品種を選抜中だ。この5品種については11年度に本調査を行い、早ければ12年度中に奨励品種が選ばれる可能性もある。順調に進めば13年度中に一般家庭に出回るのではないか。…(中略)…100%県産小麦の讃岐うどんが全国に普及し、県産小麦と讃岐うどんの人気がともに向上すればうれしい。そのためには、やはり良い品種のものを創出することだろう。今後もより良い品種の育成に努めたい。

 「12年度(2000年度)中に奨励品種が選ばれ、順調に進めば13年度中に一般家庭に出回るのではないか」とありますから、おそらく「さぬきの夢2000」を開発している時の話です。「3年に研究を始めてから…」とあるように、「さぬきの夢2000」は平成3年(1991)に研究が始まり、平成12年(2000)に品種登録が出願されました。

うどん店と関連施設の話題が3本

 では、うどん店とうどん関連施設の小さな情報を3本続けて。まずは、田村神社恒例「五楽市」の「百円うどん」がまた記事になっていました。

(4月25日)

「日本海から太平洋へ」あの市この市…五楽日曜市(高松市一宮町)
野菜、農具など多彩 神社参道に30店連ねる

 香川の「庶民市」では一番古いとされている名物市。709(和銅2)年に勧進された田村神社の境内が会場。鎌倉時代に領主が来た時、大市を開いたのが起源とか。「参る」「見る」「売る」「買う」「食べる」の5つの楽しみができることから「五楽市」の名がついた。200メートルの参道に約30店が軒を連ね、野菜、縫いぐるみ、農具の他、骨とう品まで多種多様なものがそろっている。植木やナス、キュウリの苗を売る店も人気を集め、店のおばちゃんが客に育て方のアドバイスをしていた。

 境内にはもう一つの名物がある。社務所の一部を利用して”開店”している「百円うどん」の店だ。讃岐うどんの本場だけに、県内には数千軒のうどん店があり、それぞれの店にファンがついている。五楽市の百円うどんは「だしがおいしい」と評判で、行列ができるほど。だしは、84歳のおばあちゃんがつくっている。五楽市は、毎週日曜日の日の出から午後4時頃まで開かれている。

 これまでに載ったものとほとんど同じ内容ですが、まだ「県内には数千軒のうどん店があり…」と書かれています。同じ新聞社内で、情報の確認や共有があまり行われていないようです(笑)。続いて、「中野うどん学校」の紹介記事。

(5月4日)

シリーズ追跡「明石から1カ月」…香川にも架橋効果再び 観光新スポット

 香川ならではの「する観光」で人気を集めているのが、琴平町参道口の「中野うどん学校」だ。客に手打ちを教え、そのうどんを食べさせる。「カネ払うてまで、なんで自分で打たないかんの」と言うのは讃岐人。県外客にはこれが受け、押すな押すなの盛況だ。客筋は大阪、兵庫が中心で、会社の慰安旅行が多いとか。「明石開通後は、軽くこれまでの1.5倍。1日平均100人は来られます」。代表の中野吉貫さんの笑いは止まらない。…(以下略)

 明石海峡大橋は、この年(平成10年)の4月に開通。京阪神からのアクセスが格段によくなったので、「客筋は大阪、兵庫が中心で、明石開通後は軽くこれまでの1.5倍」ということになっているそうです。

(11月8日)

JR四国グループのうどん店、四国外への初の進出 あす茶屋町店オープン

 JR四国グループでうどん製造・販売の「めりけんや」(宇多津町)は9日、岡山県倉敷市のJR茶屋町駅付近に茶屋町店を出店する。同社の直営店は宇多津町のかけはし店、高松市のサンポート店に続いて3店目で、JR四国グループとして四国外への店舗進出は初めて。…(中略)…めりけんやはJR四国の多角化の一環で平成2年に設立。うどん製造・販売に加えて8年からは店舗営業に乗り出し、順調に業績を拡大、JR四国グループでは数少ない黒字企業となっている。10年3月期の売上高は3億6600万円。…(以下略)

 「めりけんや」は平成2年(1990)にうどん製造・販売会社として設立され、うどん店の1号店は平成8年(1996)にオープンした宇多津の「かけはし店」です。

うどん店の広告は“低空飛行”気味

 この年のうどん関連広告本数は120本。前年の105本から少し持ち直したものの、「うどん店」で単独広告を展開しているのは「かな泉」と「さぬき麺業」と「郷屋敷」の3社ぐらいで、あとは広告代理店の“おつきあい”の「協賛広告」がほとんど。製麺会社では「藤井製麺」と「石丸製麺」と「サンヨーフーズ」が3強の様相です。

<県内うどん店>
【高松市】

「かな泉」(高松市大工町他)……… 15本
「さぬき麺業」(高松市松並町他)… 14本

「川福」(高松市ライオン通)…………2本
「久保製麺」(高松市番町)……………2本
「さか枝」(高松市番町)………………1本
「丸川製麺」(高松市中新町)…………1本
「松下製麺」(高松市中野町)…………1本
「こころ」(高松市中野町)……………1本
「上原屋本店」(高松市栗林町)………1本
「さぬきや」(高松市塩上町)…………1本
「秀」(高松市八坂町)…………………1本
「根っこ」(高松市木太町)……………1本 4月2日オープン
「たけ匠」(高松市高松町)……………1本
「わら家」(高松市屋島中町)…………1本
「田中」(高松市林町)…………………1本
「はすい亭」(高松市レインボー通り)…2本
「こんぴらや」(高松市成合町)………1本
「はったんじ」(高松市川部町)………1本
「田舎人」(高松市下田井町)…………1本 4月27日オープン
「川島ジャンボ」(高松市三谷町)……1本
「花ざかり」(高松市十川東町)………1本
「中北」(高松市勅使町)………………1本
「てら屋」(高松市檀紙町)……………1本
「北山うどん」(高松市鬼無町)………1本
「ヨコクラうどん」(高松市鬼無町)…1本

【東讃】

「郷屋敷」(牟礼町)……………………8本
「寒川」(三木町)………………………1本
「権平うどん」(白鳥町)………………1本
「吉本食品」(大内町)…………………1本
「木下製麺」(寒川町)…………………1本
「宮西製麺所」(香南町)………………1本
「野原製麺所」(大川町)………………1本
「阿讃亭」(塩江町)……………………1本

【中讃】

「長田うどん」(満濃町)………………3本
「小縣家」(満濃町)……………………2本
「日の出製麺」(坂出市富士見町)……2本
「いきいきうどん」(坂出市京町)……1本
「麺匠房」(宇多津町)…………………1本
「めりけんや」(宇多津町)……………1本
「多恵寿」(丸亀市幸町)………………1本
「まごころ」(丸亀市蓬莱町)…………1本
「夢咲亭」(綾南町)……………………1本
「綾南町うどん会館」(綾南町)………1本 4月2日オープン
「サヌキ食品」(綾歌町)………………1本
「柳生屋」(満濃町)……………………1本

【西讃】

「将八うどん」(観音寺市)……………1本
「渡辺」(高瀬町)………………………1本
「うどん天国」(観音寺市植田町)……1本

【島嶼部】

「甚助」(土庄町)………………………2本
「シルバアートレ」(土庄町)…………1本(絹入りうどん)

<県内製麺会社>

「藤井製麺」(三木町)…………………5本
「サンヨーフーズ」(坂出市西庄町)… 5本
「石丸製麺」(香南町)…………………4本
「日糧」(詫間町)………………………2本
「冨田屋」(高松市川部町)……………1本
「讃匠(亀城庵)」(坂出市)…………1本
「大喜多製粉所」(宇多津町)…………1本
「宮武讃岐製麺所」(丸亀市蓬莱町)…1本
「大山製粉製麺所」(大川町)…………1本
「大川乳業協同」(寒川町)……………1本(冷凍牛乳うどん)
「久保田麵業」(綾歌町)………………1本

<県内製粉会社>

「木下製粉」(坂出市高屋町)…………1本
「日讃製粉」(多度津町)………………1本

<その他うどん業界>

「加ト吉」(観音寺市観音寺町)………6本
「香川県生麺事業協同組合」……………3本
「さぬき麺機」(高瀬町)………………2本
「さぬき麺通」(高松市福岡町)………2本(カタログ販売)

(平成11年に続く)

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